年に一度のワガママを聞かせて
靖友と付き合ってわかったことがある。
というか周りからは付き合う前から荒北は私には甘いと散々言われてきた。
けど当の本人である私はさっぱり理解できなかった。
私にも口は悪いしバカだのトロイだの好きな人には言わないだろう言葉を言われてきた。
あ、今も言われていると訂正。
付き合ってからやっと私にだけちょっと甘い、なんて自覚した。
テレビで見たふわっふわのパンケーキが食べたくて一緒に行こうと誘うと、「んなとこ行かねェ!」と言ってたのに何度もお願いして渋々付き合ってくれた挙句、ポケットに手を突っ込みながら「なァ、帰りてェんだけどォ」とか「んなもんにこんな並ぶとかバァカじゃねーの?」とか文句を垂れながら結局一緒に行列に並んでくれた。
あるときは大学のレポートが終わらなくて靖友に手伝ってと泣きつくと「そンくらい自分でやりやがれ!」とか言いながら手伝ってはくれなかったものの一緒になって遅くまで起きててくれて夜中と朝方の中間くらいにそのレポートが終了し、そのまま力尽きてテーブルに突っ伏して寝てしまったようで、起きたらブランケットが肩にかかっていた。
思えば私のワガママやお願いに付き合わせてばかりだ。
だからこの日は、この靖友以上に特別だって思ってる日だけは、靖友のワガママを聞かせてほしいよ。
そう思ってるのに。
「ねぇ靖友、もうすぐ誕生日だよね」
「…あ゛?あー……」
隣で自転車雑誌を読んでいた靖友が、チラリと本棚の上にある3月と表示された卓上型のカレンダーを見てすぐに視線を元に戻した。
「何か欲しいものある?」
「アァ?……別にねェけどォ?」
「じゃあどっか行きたいとこは?」
「……ねェな」
靖友は特に何も考えてなさそうに答える。
胡座の上に置かれた雑誌からペラ、とページが捲られる平和な音がした。
「靖友、誕生日だよ!?私バイトしてるからちょっと高い物でも買えるし、どっか行きたいなら付き合うから!」
「ハァ?だからねェっつってんだろ。大体誕生日なんざただ歳取るだけの日だっつのォ」
そう言いながら私の、靖友曰く歳取るだけの日にはほらよって放り投げながらネコモチーフのピアスをくれたり靖友が絶対普段行かなそうなレストランを予約とかしてたし。
なのに自分のことになるとどうでもいいってか、この男は。
「靖友にはいつもワガママ聞いてもらってるからさ」
「ハッ、自覚あんじゃナァイ」
雑誌の端を掴んでいた手が私の頭の上に伸びてきてわしゃわしゃと掻き混ぜられる。
この手に触られるのは大好きだ。
…って私が幸せに浸っててどうする!
「気ィつかわなくていいっつのォ」
「私がしたいの!靖友甘やかしデーだからなんか考えといてね!」
「あ゛!?オィ!」
今日は帰ると言い残して靖友の部屋を出た。
▼▼▼
それからの靖友は暇があればぼーっとしてることが多くなった。
誕生日のことを考えてるのかなぁなんて講義の最中、隣の靖友を盗み見る。
それがバレて、見てんじゃねェと掌で目元を覆われた。
そして来たる4月2日。
靖友の部屋にあったこの間まで3月だったカレンダーが4月に変わっていた。
「靖友、誕生日おめでとう!」
「ハイハイ、ドーモ」
「さて、靖友甘やかしデーの始まりです。ワガママ言っていいよ」
片膝を立てながら仏頂面している靖友の、ローテーブルを挟んだ前に立つ。
「…なァ、それってなんでもいいわけェ?」
「OKです。ただし、」
「ンじゃエロい命令聞いてくれん、」
「エッチなことは禁止です」
靖友は小さく舌打ちして、んだヨと呟いた。
「お楽しみは最後までチラついてた方が靖友は燃えるでしょ?」
「…ハ!その言葉忘れんなヨ?ヒーヒー言わせてやっからァ」
靖友が私に手を伸ばしてガブガブと指を動かし、口角を上げてペロリと舌舐めずりした。
あ……まあなんとかなるだろう。逃げるが勝ちってね。
「んじゃ外行くぞ」
重い腰をやっと上げるのかと思いきや、結構軽々と立ち上がった。
▼▼▼
「ハッ、周回遅れだなァ!」
「ちょっ、ずるいよ!」
靖友の運転で来たのは、サイクリング場。
自転車も貸してくれるっていうところだ。
靖友は迷わずロードを選び、私は乗れないからママチャリを選んだ。
よーいスタートで漕ぎ出したはいいけど、一瞬にして見えなくなった。
そして靖友の生き生きとした顔を見ながら背中から追い抜かれる。
「靖友!私もロード乗る!」
その背中に呼びかけると、靖友はブレーキをかけて足をついた。
それから靖友のロードレッスンが始まるが挫折。
2人乗り自転車に乗りたいと言うと意外にもあっさり承諾された。
自転車に関しては靖友はちょっと甘くなるのかもしれない。
「テメッ、ちゃんと漕いでんのかヨ!」
「漕いでるー」
前を漕いでいる靖友が首だけ振り返る。
「ウソつけェ!足ペダルから離れてんぞ!」
「だって私漕がなくても速いもん」
ロードじゃないけど、靖友の自転車を漕ぐ背中をこんなに近くで見れるなんて幸せだ。
私の前にある小さなハンドルから手を離し、靖友の背中に手を伸ばした。
「んなとこ掴まって落ちても知らねェかんなァ?」
靖友が身体を捻って後ろを向き、私の髪をくしゃりと指に通した。
いけない、また私ばっかり幸せになってたわ。
靖友も同じくらい幸せだって思ってくれることをしなきゃ。
夜は靖友のリクエストにより焼肉食べ放題へ。
全くムードも何もない感じが靖友っぽい。
一度車を置いて靖友の家の近くの焼き肉屋さんに出向いた。
お酒を飲める歳にはなり、お肉やビールを楽しむ。
靖友は細いくせにどこに入るんだってくらい食べる。
大好物な肉なら尚更だ。
「アー腹いっぱい食ったわ」
「…ねぇ靖友、お肉食べられて幸せ?」
「あ?…肉はうめェけど幸せっつー大袈裟なモンじゃねぇだろ」
「じゃあ自転車?」
「ハァ?んなもん疲れるだけだっつのォ」
靖友は右手で頭を掻き、左手で膨れたお腹をさすっていた。
相変わらずがに股で歩を進め、やや猫背気味。
そうやって向かっているのは靖友の家。
靖友にとって幸せって思う瞬間っていつなんだろう?
自転車に乗ってるとき?
美味しいもの食べてるとき?
寝てるとき?
「靖友ってさ、どんなとき幸せだなって感じる?」
私が足を止めてもそのまま進んでいく靖友が、私の質問に足を止めて猫背を捻った。
「んだヨ、その質問。バァカなこと訊いてんじゃねェよ」
靖友はさっきよりも猫背になってポケットに手を突っ込み歩いていく。
私はというと、靖友とは反対にそこから歩き出せないでいた。
「……チッ、めんどくせーなァ」
靖友が早足で私の方に戻ってきた。
「んなモン来りゃわかんだろ」
「えっちょっと!」
靖友はポケットから手を出して私の腕を引っ張る。
半ば引きずられるようにして、靖友のアパートへ戻った。
戻って来てから1時間ほど経つが、靖友はほとんど口を開かない。
来ればわかると言ったのに何ひとつわからないし。
ローテーブルの前で頬杖をつきながら靖友の横顔をじとっと見ていて、靖友も同じように頬杖をついているけど私の視線に気付いてるのかいないのか、目は合うことはなくどこか遠くを見ていた。
私から話を突っ込んでもいいのか、靖友が来ればわかるっていうのを待ってればいいのかわからなくて唇がもごもごと動く。
「……なァ、おめー今日ワガママ言ってもいいっつったよなァ?」
「…ッ!なんかある!?ったぁっ!!」
やっと靖友の初めてのワガママを聞けるかもしれないと思うあまり、ローテーブルに膝を思いっ切りぶつけた。
痛い痛いと床に転がる私を冷やかな三白眼が「何バァカなことやってんのォ?」と言っていた。
痛みが引いてきた膝を擦りながら上半身を起き上がらせると、少し皮が剥けていた。
「はっ!それで靖友のワガママって何!?」
相変わらず頬杖をついている靖友に、詰め寄るように身体がテーブルに乗り出した。
「…オレさァ、おめーのワガママに付き合うの別にイヤじゃねェ」
「うん………ん?」
私のワガママの話じゃなくって!
靖友があれしてほしい、これしてほしいって言うのが聞きたいんですけど。
「まァ大抵めんどくせェことだったりバァカじゃねェ?って思うこともあっけどォ」
ぐっ……。
そうですよね。わかってます。
いつもすみませんね、迷惑かけて。
「けどォおめーのワガママ聞いてやれンのは一生オレしかいねェと思ってるワケ」
「…………はあ…?」
靖友が何を言わんとしているのか理解できない。
まあ靖友はなんだかんだ私のワガママをよく聞いてくれるよ、自分で言うのもなんだけど。
「………っーワケェ」
「…え?終わり?」
「あ?終わっただろ」
「いや、どこが靖友がのワガママだったの?私は何したらいい?」
「…おめーは一から十まで言われなきゃわかんねェのか」
一から十まで言われなきゃわからないのかもなにも、意味がわからない。
……結局靖友のワガママって何?
ポカンとしている私をじろりと睨むように見る靖友。
しばらくして靖友からハァと大きなため息が漏れた。
「っンとに…。名前は一生オレにワガママ言ってりゃいんじゃねーのォ?」
頬杖をついたままの靖友の口が不機嫌そうに尖っていた。
はい?
………いや、待って。
靖友は素直じゃないからたぶんストレートには言わない。
靖友の言葉には何か隠されてる。
私は一生靖友にワガママ言ってればいい……。
「それって………私に一生そばにいてほしい…とか?それが靖友のワガママ…?」
「ッ、いちいち言うんじゃねェ!こンのボケナスがァ!」
キッと私を睨み、ガルガルと威嚇するように歯茎を剥き出しにしながら、今まで頬杖をついていた手を拳に変えてテーブルに振り下ろす。
だけど耳まで真っ赤になっていて全然怖くもない。
むしろ……。
私は四つん這いで靖友に近付くと首に腕を巻きつけながら抱きついた。
「んだテメェ!?」
口ではそういうことを言うけど、本気で嫌がってるわけじゃないことくらいわかる。
だって靖友の腕は私を支えるように背中にまわっていた。
「靖友可愛い!」
「ハァ!?男に可愛いとか使ってんじゃねーヨ!気持ち悪ィ!」
「だって可愛いものは可愛いんだもん!わわっ」
靖友の腕に力が入って、そのまま私の身体が宙に浮いていた。
「ハッ、誰が可愛いのか教えてやンよ」
あ…これは野獣の笑みだ。
鋭い目が獲物を捕らえたようにギラギラとしていて面白そうに口角が上がっている。
私はゆっくりとベッドに降ろされた。
まずい、逃げないと。頭ではそう叫んでくるのに、身体は逃げようとしない。
「狩りの時間の始まりだぜェ?」
この舌舐めずりした狼からは一生逃げられないのだ。
End
Happy Birthday!
Yasutomo Arakita