狼紳士はやっぱり狼


玄関、リビング、キッチン、ベッド、テーブル。
全て見慣れたもんなのに、そこにコイツが加わることで全く違う場所だと錯覚するくらいには緊張しているらしい。
クソ、柄にもねェ。
頭をガリガリ掻いた。


名前と付き合い始めてそろそろ半年が経つ。
なのに未だに健全なお付き合いっつーのが保たれていた。
何度理性がブッ飛びそうになったか、何度下半身が暴走しそうになったか。
ほんとよくもってるヨ、オレァ。
誰か褒めてくれてもいンじゃナァイ!?
じゃァ、んで手ェ出さねーんだって言われちまえばそれまでだが……。

「靖友くん、やろう?」

なんつーか、こーやってなんも考えてなさそうな無垢…つーのォ?んな笑顔を向けられっとさァ…悪ィ気になってくんだヨ。
何考えてんだオレェって。
わかンだろ?………あーヘイヘイ。わかんねェってな。

ちなみに名前が言った「やろう?」っつーのは「ヤろう?」じゃねェ。
オレの脳内ではソッチの意味のヤろうにしか聞こえねェんだが、コイツはそんなこと考えるヤツじゃねェ。
良く言えば純粋、悪く言うつもりはねェが鈍感なヤツだ。

その通り、名前がちょこんと座っている前のローテーブルには大学で使ってる資料やパソコンが置いてある。
そう、やろうっつーのは課題を、だ。
学部は違ェけどこの授業はオレも取っていて、一緒に課題をやるという名目でやっと部屋に連れ込んだ。

付き合ってる年頃の男女が1つ屋根の下に一緒にいる。
そりゃァおっ始めるしかねェよなァ?
課題もやるが、オレにはそれ以上の下心を持ってここにいンだ。
名前はそんなことこれっぽっちも知らねェだろうが。

今日こそぜってー名前を喰う。
それがオレの課題。
ガマンの限界なんざとうに過ぎてんだヨ。
服に隠れた美味そうな2つの膨らみに、スカートから出た柔らかそうな太腿。
その奥だってオレが暴いてやンよ。

「茶ァしかねェけど飲むか?」

「うん、ありがとう」

吊り上がりそうな口端を隠すように、冷蔵庫に向かう。
半年前までは飲みもんはベプシしかなかったが、茶は今日のために買った。
オレはベプシ、名前には茶をグラスに注いで持っていき、それをテーブルに置いた。



それから目の前の名前はガチで課題をやり始めた。
オレの部屋にはパソコンがカタカタいう音だけがする。
オレも自分の課題をやんなきゃなんねェのはわかってる。今の課題っつーのは大学の方な。
けどさっぱり手が進まねェ。
キーボードを打っては消して、打っては消してを繰り返すばかり。
何がいけねェって…頭ン中がコイツの乱れた姿しか映し出さないからだ。
もちろん見たこともねェからオレの想像でしかねーんだが。
パソコンの画面越しに前を見ると、名前の前にも立ち上がったパソコンの画面があるから顔は見えなかった。

さて、この大学の課題モードをどーやってオレの課題モードに持ってくかだ。
出来れば自然な流れでいきたい。

「あー…あのさァ、腹減ったんだけどォ」

オレがパソコンの画面を閉じると、名前も45度くらい画面を傾ける。

「ちょっと早いけど夜ご飯にする?」

名前が時計を見ると、夕方5時半だった。

「あー……食いモンじゃなくてェ」

「あ、お菓子とか?」

「そーゆんじゃねェよ。だからさァ…名前チャン喰いてェんだよネ」

……あ、ヤベ。普通に本音出ちまったわ。
名前の目がくりくりと真ん丸になって瞬きを繰り返す。

「……靖友くん、私は食べられないよ?」

ほら、と言って自分の腕をかぷっと食べる仕草をする。
その腕をオレにわざわざ見せてきて白い肌にうっすらと残る歯型が見えた。

アレ?オレなんつったァ?
一瞬自分が何を言ったのか忘れちまった。そのくらい今の光景は衝撃的で。

オレがぽかんと呆けている間に、じゃあご飯作るから待っててねとキッチンへ消えていった。

オレの頭がゴンとテーブルに落ちる。
こんなはずじゃねェ。
つーか普通わかんだろォ!?
アイツアレか?超ド天然か!?不思議チャンか!?
葦木場よりタチ悪すぎんだろ!!
真波の不思議チャンレベルの比じゃねェよ!?

チッ、クソが……。
オレはテーブルの上で顔を動かして、キッチンからチラチラ見える名前の背中に視線を注ぐ。
視線の先からは手際いい音と香りがこっちまで届いてきた。



▼▼▼

「ひゃっ!?」

オレは料理をしている名前の背後から抱き締めた。
オレの接近に気付いてなかった名前がビクンと身体を震わせる。
首元に顔を寄せ、スンスンと鼻を鳴らした。

アー、このニオイだよ。
スゲェうまそーなニオイすんだよなァ。
クラクラしてくるわ。

「靖友くん、私包丁とか火使ってるから危ないよ?」

右手に持っている銀色の包丁をオレの前にかざす。

「あ?別に大丈夫だろォ」

抱き締める手に力が入る。
あ、ヤベ…勃っちまいそォ。

「なァ、こっち向けよ」

ちょっとだけ、ちょっとだけだからァ。
キスくらいならいいだろ?

オレが頬に手を添えると名前はそれに逆らわずにオレの手の動きのまま首を後ろにまわす。
ちゅ、という音と共に軽く唇を合わせると、名前から「んっ…」というオレにとっちゃァ甘ったるい声が耳を掠めた。

…バァカ、んな声されっと止まんねッ。

ちょっとだけと思っていたキスは名前の唇を舌でなぞり、びくりと震えたその隙間に突っ込んだ。

「んんっ!?…は、ぁ…っ」

どうしていいかわからないという名前の舌を唾液を味わう様にじっくりと舐めまわす。

あーヤベェ、コレ完全に止まんねェわ。
つかこのままベッド行って犯してェ。
…ベッド行くのもめんどくせェ。
ここでヤッちまうか?
いや、初めてだしやっぱベッドがいいか。

唇を離すと、名前がぷはっと大きく息を吸った。
名前の目尻がとろんとしている。
ッしゃ、いけンだろ。

ベッドまで運んでやろうと屈んだとき、名前は再びガス台に向き合った。

「……ハ?」

「もうすぐ出来るから向こうで待っててね」

………ハァ!?
おいおいここでェ!?
そりゃねェだろォ。

けど名前の背中は無言で向こう行けって言ってるようだった。
小さく舌打ちして、頭を掻きながらテーブルの前に戻った。
胡座をかき、突っ伏すよつに顎をテーブルに乗せる。

…なァ、さすがに自信なくなってくンだけどォ。
オレ、おめーの彼氏、なんだよなァ?
オレばっか好きみたいじゃねーか。
オレのことを求めてほしいとか思うなんざ、オレもどうかしてる。
けど好きなヤツだからこその欲だっつーのもわかってる。
無理矢理はしねェって思ってたが、ここまで鈍感だとやるっきゃないじゃナァイ?


食器を持った名前がお待たせーと間延びした声を出しながらテーブルに料理を置く。
さっまでの様子がウソのように。
オレは上半身を起こした。

テーブルにはオレでは到底作れない料理がキレイに並んでいた。
実際に食ってみてもウマイ。
出来た女だよ。おめーは。
なのに虚しいと感じんのはなんだろうなァ。

「名前さァ、オレのこと好きなのォ?」

「ん゛!」

名前は何か喉に詰まらせたように胸を叩く。
オレの前にあった水の入ったコップを差し出すと、素直に受け取って流し込む。

「けほっ、…ありがとう」

名前はその後、オレの質問には答えずに食べ進めた。
また喉に詰まらせたらめんどくせーから食い終わるのを待って、もう一度訊く。

「で、どーなんだヨ」

「えっ?あの…好き……です」

真っ赤な顔して少しモジモジと手を擦り合わせながら答えた。

「じゃァオレが何考えてっかわかるゥ?」

「え……?」

名前には小細工は通用しねェ。
鈍感チャンだっつーことはよくわかった。
だったらハッキリ言ってやンよ。

「オレァおめーとエロいことしてェ。オレで乱れて求めて喘いで、オレしか見れねェ名前が見てェ」

いくら鈍感チャンだってここまで言やァ意味わかんだろ。
チラッと名前の様子を伺うと、一応理解しているようで先程真っ赤にした顔の余韻が残ったまま、さらに朱に染める。

「あ…の、ごめん…」

「あ?」

謝られるとか、終わったなオレ。

「あの…私、そういうの初めてで、どういう雰囲気でそういうことするのかとか…わかんなくて…あの……」

名前は真っ赤な顔が段々俯いていき、消え入りそうな声をオレは必死に拾った。

「別にイヤじゃねーってことォ?」

俯いたままの首がさらに深く沈む。

そっからのオレは瞬間移動したんじゃねェかと思うほどの速さで、気付いたらベッドに両手をついていた。
オレの下には不安そうに瞳を揺らす名前。

初めてっつってたよな?
誰も見たことねェコイツをほんとの意味でオレだけが見れる。
ヤベェ、…って今日オレ何回ヤベェっつってんだヨ。
けど今は心臓がスゲェ音立ててる。
このまま爆発すんじゃねェのかって。

名前の頬をなぞった自分の手は、驚くほど力のないもんだった。
名前の肩がぴくっと震える。

「ハ!優しく可愛がってやンよ…」




End

clapよりいただいた(勝手に拾った)お題/鈍感な夢主を襲えなくて悶える荒北のお話。



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