行きついた答えは同じ


雪が降りそうな、どんよりとした景色を眺めていた。
止まってる景色なんかつまんねェもんだと知りながら、そこから動くことができなかった。
オレの身体はここから動く気なんざ毛頭ねェようだ。
暖房のきいた教室は眠気を誘う。
普段のオレなら速攻で机に突っ伏して寝息を立てている頃だ。

それができねぇ理由っつーのが少なからずある。
それは顔も名前もあんま覚えてねェ女の一言だった。

「えっ名前好きな人いるの!?」

教室中に響いたその声に誰もが声の主の方を見る。
オレはおそらくアイツの名前が出なけりゃ無視してたと思う。
だが、アイツだったからこそ首だけ斜め後ろに傾けた。

苗字サンは真っ赤な顔してその女の口を両手で塞ぐようにしているが、すでに響き渡った後なのでもう遅ェ。
それよりもあの苗字サンの反応、あの女の言うことは間違ってねーようだ。

そうやって興味のない振りをして窓を眺めながら数分、女は教えてと苗字サンにせがんでいた。

「じゃあさ、その人ってどんな人?」

オレじゃねェだろうな、と思いながらそうであって欲しいとか思うなんざこんな感情に自分が戸惑っている。
素直にこの感情が受け入れられなかった。
つーか、オレにそんなモンを受け入れる場所が作られてねェんだよ。
だから知らぬ存ぜぬを貫き通しながら、聴覚はしっかり苗字サンの方に向いている。
厄介なモンに捕まったな。

オレではない、そう思うには充分な理由がある。
苗字サンと喋ったことも数える程度で殆ど接触してねェからだ。
けど大人しめながら笑ったりするとカワイイし、嫌われモンのオレに対しても贔屓目なしに接してくれたヤツだ。

苗字サンは女の前でソワソワと身体を揺らしたり、目を泳がせているのがチラリと視界に入った。

「え、えーっと……す、すごく優しいしかっ…こいい…」

消え入りそうな声だったのに、オレにははっきりと聞こえた。
んだこの能力。
しかもアイツ限定で作動するようだ。

だがそれは絶望の音がした。
優しい、かっこいい。
100%オレじゃねェ。
それが判明しただけだった。

チッ、結局女っつーヤツはツラがよくて優しくしてやりゃコロッといっちまうってことかヨ。

奥歯を噛みながら前髪をぐしゃぐしゃと掻いた。

「優しいって言ったら新開くんとか!?あっかっこいいなら東堂くんだよね!?」

よりにもよって女の口から自分の仲間の名前が出てくる。
オレの名前が出てくることはおそらく皆無だ。
お世辞にも優しいともかっこいいとも言えねェのはオレが一番知ってんだよ。

一気に脱力感が襲い、暖房が身体に巡ってきたように机に突っ伏した。



▼▼▼

オレが目覚めたのは、ぶるりと寒気を感じたからだ。
顔を上げると教室はがらんとしていたし、ついでに暖房も切られていた。

あーだから寒ィのか。
つーか今何時だァ?
寝てる間に午後の授業終わってるとかァ?
いや、まさか。

頭を掻きながら視線を暖房から時計へと移す。

………あ?
ガチで授業終わってんヨ…。
つーことは今は放課後で。

「部活行かねェと」

オレはようやく立ち上がって机の横に引っかけてある鞄を取ろうと前屈みになった。

パサ。
何か乾いたものが落ちた音がした。
それはオレの背中からしたもので振り返ると、紺色の何かが落ちていた。

「…んだこれェ?」

椅子の上に落ちたそれを拾い上げると、カーディガンだった。
しかも女物だ。

………ハ?
誰ンだ?
つかオレの背中にかかってたのか?
イヤイヤ、アイツに間接的に振られたからって女モンを盗むとかそんな趣味はねェぞ!?

とにかくどこのどいつの物か知らねぇが、オレが持ってちゃいけねーものだということくらいはわかる。
オレはそれを小さく丸め、鞄に押し込んで部活に向かった。
だが部活中も鞄の中が気になってあまり集中できなかった。



▼▼▼

翌日、一応鞄の底に昨日小さく丸めたカーディガンを忍ばせて持ってきていた。
くそ、とりあえず持ち主を探さねぇと。
学校指定のカーディガンだからどいつもこいつも女は寒けりゃこれを着てる。

「名前寒くないの!?カーディガンは?」

そこに女の声が届いて振り向いた。
名前っつーことは苗字サンか。

「あ、うん…ちょっと…」

「忘れたの?」

「あ、いや…うーん……えへへ」

苗字サンは寒そうに両腕をさすっていた。
その様子をじっと見ていると苗字サンと目が合った。
彼女は目を合わせたまま瞬きを何回かさせて逸らした。

もしかして、アレはアイツの?
好きすぎてアイツのモン盗った、とか?
んなことする変態じゃねェとは思うんだが。
どうやって確かめりゃいい。


何も思いつかなかったオレは、昨日と同じことをすることにした。
もちろん今度はガン寝じゃねェ。
寝たフリだ。

オレはこの体勢で午後の授業をすり抜け、放課後になり暖房が切られる。

少しずつ教室の室温が下がり、肌寒くなってくる。
するとオレに近づく足音が聞こえた。

「…あ…荒北くん…?」

この声。
オレがこの声を聞き間違えるわけがねェ。

オレは声が聞こえても動くことはしない。
すると足音は一度遠のいて、少ししてまた近づいてきた。

「…お疲れ様…」

オレの背中に少しの重みが乗った。
あったけェものが。
確信した。
アレはコイツのカーディガンだと。

オレは起き上がって苗字サンの手を掴んだ。

「ひゃっ!?」

その瞬間、ばさりと落ちたのはコート。
つかオレにコートかけて帰るとか、おまえ寒ィだろ。

「あ、ああ、あら…きたく…」

苗字サンは口をパクパクさせながら何度も大きな目を瞬きさせる。

「苗字サァン、何してんのォ?」

「あ、ごめ…荒北くん、寒いかなと思って…その…ごめんなさい…」

苗字サンは申し訳なさそうに目を伏せた。

そーじゃねェ。
なんでオレなんかにわざわざこんなことすんだ。
特別仲が良いわけじゃねェ。

「もしかしてさァ、これも苗字サンの?」

オレは彼女の腕を離して鞄をゴソゴソと探り、昨日のカーディガンを取り出した。

「う、ん。勝手にごめんね」

苗字サンはオレからそれを受け取って、ぎゅっと腕の中に抱きしめるようにした。

「アーいや、……あんがとネェ。おめーが寒かっただろ。ちゃんと着て帰れヨ」

苗字サンは俯いたまま小さく頷いた。

「あー、あのさァ1コ訊きてェんだけどォ…」

特別仲も良くねェヤツに自分を犠牲にしてまでやってやる感情ってなんだ、と考えたときに1つの可能性を見つけた。
でもいや、まさか。
そんなわけねェよ。
コイツの好きなヤツは優しくてかっこいいんだろ?
けど確かめたくなった。
もしかして、に賭けてみたくなった。

「苗字サンの好きなヤツって東堂?それとも新開?」

苗字サンは顔を上げて力強く首を横に振った。
柔らかそうな髪が左右に揺れる。

「……じゃァさ、オレ、は?」

ダセェくらい自信のねェ声が出た。
頭を掻きながら苗字サンをゆっくりと見る。
苗字サンは泣きそうなほど真っ赤だった。

…マジか?
いいのか?
自惚れてもいいってか?

こんな顔させて、ここで言わなきゃ男じゃねェだろ。

「あー…名前サァン、好き…デス。付き合ってくれませんかァ?」

この短い言葉を言うのに、どれだけ心臓がポンプしたことか。
心臓が飛び出そうとはこういうことなのかもしんねェ。
そのくらい緊張で髪を掻く手汗がヤベェ。

「あ…あの……わたし、も。好き、です。よろしくお願いします」

苗字サンは腰を直角に折り曲げた。

「あとさァ確認なんだけどォ、おめーの好きなヤツって優しくてかっこいいヤツだっつってなかったァ?」

「え?あ、うん。そうです」

「それ、イコールオレなわけェ?」

「…っ、は、い。そうです」

「全然わっかんねェんだけどォ」

何回も言うが、人に褒めらるツラじゃねぇし間違っても優しいと思えねェ。

「荒北くん、は、私が困ってるときいつも…助けてくれ、て、自転車一生懸命で、かっこいい……です…」

顔が沸騰しそうだった。
今マンガのコマの1部だったら湯気が描かれていただろう。
自分の顔面を手で押さえても押さえきれない熱がオレを持て余していた。

「苗字サン…抱きしめてェんだけどォ」

苗字サンの身体が一瞬強ばった。
けど真っ赤な顔で頷く仕草が見えて、オレはすぐに彼女の手を引き腕の中に閉じ込めた。
苗字サンはオレの胸元の制服を弱々しく握る。

カワイイ。
ちっさい。
細ェ。
イイニオイ。

ヤベェ。
心臓が尋常じゃねぇ速さで動いている。

けど苗字サンのも一緒で、同じような速度で動いていた2つのそれは、やがて1つになった。

寒い冬の日。
この場所だけ熱かった。




End



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