Matching


ふと、どうしてあの男を好きになったんだろう、と思う。
あの男じゃなければダメな理由でもあるのだろうか。
世界中、とは広すぎるけど、例えばこの教室だって半分くらいは男だ。
私のどストライクの顔をした男もいるし、もっと優しい男もいる。
私のタイプの顔をした男は、今日もかっこいい。
対して私の彼氏は今にも寝そうになっていて、欠伸を噛み殺している。
…あ、堪えきれずに欠伸してるよ。
大口を開けて目尻に涙が溜まっている。
私のタイプの顔じゃない。

タイプの男は1日中眺めていられるはずなのに、私が目で追ってしまうのはやっぱりあの男なんだ。
そう考えると、恋愛っていうのは不思議なカラクリでできている。

「ねぇこれ、彼氏とペアネックレスなの」

「私はねぇ、ペアリングだよ」

授業と授業の間の短い休み時間になって、私は友達と喋っていた。
1人は胸元からシルバーネックレスを忍ばせていて、もう1人は右薬指にピンクゴールドの細いリングをはめていた。

「名前はなんかないのー?」

たぶん悪気があって訊いてるわけじゃない。
けど荒北はそういうの、たぶん嫌がる。
確かめたわけじゃないけど。
それに部活ばっかりでつける時間なんてほとんどないだろう。

「…ないなぁ」

私はやっぱり荒北を視界に入れながら答えた。

「あ、でも荒北くんってそういうキャラじゃなさそうだもんね」

「それにさー、自転車部の部活ってハードでしょ?なんかなくしちゃいそうだしね」

フォローになってるのかなってないのかわからない言葉を聞きながら、普通のカップルがほんの少しだけ羨ましいとも思う。
それはキラキラ輝いているからだ。
ネックレスやリングが、ではなく嬉しそうな彼女たちがだ。



▼▼▼

荒北が珍しく部活が休みの日。
自主練の合間を縫ってちょっとだけ私との時間をくれる。
すぐに自主練ができるようにと自転車用のジャージを着て、右手にはヘルメットが抱えられていて自転車が横にスタンバっているんだけど。
キミは私よりもずっと荒北のそばにいるんだね。
そう思いながら自転車を見つめる。

「荒北はさぁ、私のどこがよかったの?」

「…んだよ急に」

「女なんてたくさんいるじゃん」

「ハッ、名前よりツラが良いヤツもいるしスタイル良いヤツもいるもんなァ」

「…うわ、最低」

でも私も同じようなことを考えてたから人のことは言えない、とは荒北には言わないけど。

「つーかそれって答えなきゃなんねぇ質問なのォ?」

「…いや、強制じゃないけど」

これは答えないパターンかな。
荒北の口から聞いてみたかったんだけど。

「オレァ自分の目で見て決めてンだ。文句あっかヨ」

「……ない…です」

荒北は私の気持ちを読み取るのがうまい。
なんでわかったんだろう。
荒北の言葉がほしいって。
私の目線?仕草?声?
わからないけど、私が荒北を見てるように、荒北も私を見てるって思っていいのかな。

「…私も自転車乗ろうかな」

「ハァ?何、ママチャリでも乗んのォ?」

「そうじゃなくて、これ」

荒北の愛車のサドルにポンポンと手を置いた。

「ロードかよ。つかイキナリすぎじゃナァイ?」

「荒北と同じ景色を見てみたいの」

私も荒北と同じ位置に立ちたい。
荒北のことを少しでもいいから知りたい。
荒北の中に私が少しでもいいからいてほしい。
荒北が好きなものを私も感じたい。
そんな私の願い。

荒北は少しだけ目を見開いて何度か瞬きし、小さくため息を吐いた。
そして私との距離を詰めると、私が荒北を見上げる前に右手に抱えていたヘルメットを私の頭に被せた。
その上から頭をわしゃわしゃされる。

「わっ」

「ちょっと待ってろ」

荒北は足早に寮に戻っていく。
私は荒北の愛車を託され、その背中を見送った。

数分で荒北が戻ってくると、何かを持っていた。
荒北はしゃがんでそれを地面に置き、私から自転車を受け取ってそれに固定した。

「オラ」

荒北が手招きする。
招かれるまま荒北の元に行くと、いきなり脇を抱えられて持ち上げられる。

「ひゃあ!?」

そのまま荒北の愛車のサドルに乗せられた。

「自分でバランス取れヨ?」

サドルが高くてハンドルを握りしめるけど、足はペダルにもうまく届かないしどこで身体を支えればいいのかわからない。

「えっ、ちょっとっ…落ちる!」

「っぶねーなァ!」

荒北がバランスを崩した私の身体を支えてくれて落ちずにすんだ。

「ったく、鈍臭ェ。こーやんだよ!」

荒北が私の手を取ってハンドルを握らせ、背中を押して前屈みにさせる。

「おら、これで前向け」

私は荒北に言われて顔を上げた。

「わかったァ?オレの見てる景色」

「…うーんいまいち?」

「アァ゛!?」

「だって荒北はペダル漕いでいろんな景色見てるんでしょ??私もそうしたい」

「そのうちなァ」

荒北は私の頭からヘルメットを奪い、自分で被って顎ヒモをとじる。
そろそろ自主練に行くという合図。

「…オメーもあーゆーのしてェの?」

荒北がチラチラ私を見ているがああいうの、とはどういうのだろう。
全く心当たりがなくて首を傾げる。

「チッ、話してたじゃねーか。ペアがなんとかっつってェ」

それで思い出す。
休み時間に友達と話していたことだ。

「…聞いてたの?」

「違ぇヨ。聞こえただけだ」

荒北もそういうの、気になるんだろうか。
それとも私のことだから、なんてことあるのかな。

「んー…そりゃあちょっといいな、とは思うけど…」

「…けどなんだよ」

「ねぇ荒北、降りられない」

「ハァ!?」

私はまだ自転車に跨っていて、足もつかなければ降り方もわからない。
荒北の方に手を伸ばす。
降ろしてって意味。
乗せたんだから降ろしてよ。

今度は面倒臭いという意味の、ちょっと長いため息が荒北から聞こえた。
ヘルメットの上から頭を掻く仕草をしている。

荒北は私の脇を抱えて持ち上げると、私は荒北の首に手をまわして飛びかかるように抱きついた。

「っ、テメ!」

荒北が倒れないように足で地面を踏ん張ってくれたおかげで倒れずにすんだ。
まあ私が悪いんだけど。

「荒北が私のこと好きならそれでいい」

抱きつきながら荒北の耳元で言う。

「ハ!バァカ名前…」

荒北が私を地面に降ろす。

「じゃ行ってくっからァ」

私がさっきまで跨っていた場所に、今度は荒北が跨る。
やっぱり様になってるし、その自転車の色も荒北に似合ってる。

ペダルに足をかけているのになぜか踏み出さない。

「アー…今日の夜空いてっか?」

「っ、空いてる!」

「…会いてェんだけどォ」

少し照れくさそうに言う荒北にドキドキした。

「うん!」

私もこれで今日は終わりか、ちょっと寂しいなって思ってた。
荒北は大抵練習のあとはそのまま帰って寝ることがほとんとだったから。
会いたい、私も思ってたよ。

「終わったら連絡すっから待ってろヨ」

荒北はそう言って、やっと走り出した。
行ってらっしゃい、とその背中に声をかけると前を向いたまま、手を軽く挙げてくれた。

荒北の姿はみるみる小さくなっていく。
でもその速さは、きっと荒北の努力の証拠だから嬉しいよ。




荒北と見てるもの、感じてるもの、思ってるもの。
私はペアの何かよりも、そういうのが同じものの方がいい。

寮に戻って連絡がくるまで、荒北はどんな景色を見てるんだろうと思いながら遠くに見える箱根の山を窓から眺めていた。


End



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