涙を拭いて景色を見れば


荒北靖友side

ンな顔しやがって…オレだったら安心だってかァ?
そりゃ気ィ抜きすぎだろ。別にナニするわけでもねーけど。

「荒…北く……っ」

「ンー?…あ゛!?」

目の前の名前チャンの姿に完全に覚醒した。
力なくその場にへたり込んだと思ったら、ボロボロと閉じた瞳から涙が零れていた。

「ハァ!?どっか痛ェのォ!?具合悪ィとかァ!?」

オレの慌て様を他所に、なんも答えねェ…いや、答えらンねー名前チャンはずっと静かに泣いたまま。

チッ、くっそ……金城のヤロウを叩き起すかァ!?

立ち上がると迷うことなく、向こう側に寝てるであろう金城を起こしにローテーブルを跨ぐ脚を上げた。

「ちが…っ、ぅ……荒北くんだった、からぁ…っ」

震える唇が泣きながらそう噤んだ。

アー……そうだよなァ。
どこまで覚えてんのか知らねェし、女の気持ちなんざわかんねェけど、変なモン飲まされて気付いたら知らねェ部屋にいて、それがまさか飲ませた本人…あのセンパイの部屋かもしんねーって思ったら、怖ェもんなのかもな。

オレは上げた脚を降ろして名前チャンに向き直り、しゃがむ。
そのあとは無意識だった。
気付いたらオレの腕は肩よりも上がっていて、掌は名前チャンの頭上、触る寸前にあった。
泣きながら俯いてる名前チャンはそんなこと気付いてもいねェだろう。
迷子になったこの手が行き場をなくし、しょうがなく自分の頭に戻す瞬間だった。
シャツの裾がぐっと下に引っ張られるような感覚。
目を見開きながらちっせー黒目を下にやると、名前チャンが両手でオレのシャツを握りしめていた。

「荒北くん…荒北くん…っ」

名前チャンは泣きながらオレの名前を呼ぶ。
戻しかけたオレの掌は再び名前チャンの頭上でわしゃわしゃと動いていた。
細めの髪がオレの指に絡まって、掻き混ぜるほどに名前チャンのニオイが立つ。
それは昨日背負ったときのニオイと同じだった。

「…あーハイハイ。今は泣いとけ」

金城の僅かな呼吸を尻目に、オレは名前チャンのつむじに目を落としながら、それがオレの手によって見え隠れするのを眺めていた。

数分で落ち着きを取り戻した名前チャンにベプシを出してやると、グラスに注がれて残るシュワシュワとした泡をじっと見ていた。
それから「ベプシ好きなの?」って訊いてくっから「うめーだろ。キライならそれオレが飲むわァ」っつーと「いただきます」って素直に口をつけた。

「……あの、昨日のこと訊いてもいい?」

途中で寝ちゃって記憶になくて…ってすげェ申し訳なさそうに切り出してきた。
こーゆー説明は金城の方がうまいんだろうが、オレは昨日のことをそのまま話した。
センパイになんか飲まされて連れてかれそうになったこと、それを金城と阻止したこと、名前チャンち知らねぇし行くとこもねェから居酒屋から近いウチに連れて行くことになったこと。

「っつーワケ。あー言っとくけどォ、ここに連れて来たからってオレも金城も名前チャンになんもしてねェからァ」

一応オレらの身の潔白を宣言したわけだが、名前チャンは数秒ぽかんとしてから肩を震わせるようにクスクス笑った。その笑い声に混じって「そんなこと疑ってないよ」って聞こえた。

ちったァ疑わねーと喰われんのはおめーだけどなっつー言葉を飲み込む。

「それよりごめんね、迷惑かけました」

「…悪ィのはアイツだろ。謝る必要あんのもアイツ」

「じゃあ……ありがとう」

「…礼とかもいらねェって」

「でも私がお礼したいから。荒北くんと真護くんがいなかったら私今頃先輩の家だったかもしれないもん」

「……っそ」

「真護くんにも起きたらお礼しなきゃね」

名前チャンは身体を捻って、ローテーブルの先に寝ている金城の方を向く。
そこはかかった毛布が呼吸に合わせて規則正しく上下していた。

「そうだ、お礼ってわけじゃないけど朝ごはん何か作るよ!3人で食べよう?」

「アー…つっても冷蔵庫ロクなのねェけどな」

そーいや腹減ったなと棚の上の時計を見れば、もう朝の10時をまわっていた。
今から買い物行って作ってたんじゃ昼か、なんて考える。
名前チャンがスーパーの場所を訊いてきたから教えてやると、私もよく行くよー!荒北くんちと近いのかもね、なんて言いながらバッグを持って立ち上がった。荷物持ちに行ってやるつもりだったが、金城のヤロウがまだ寝てるからっつーことでオレは家主として留守番になった。叩き起すっつーと、名前チャンが寝かせといてっつーからそのまま放置だ。
玄関まで案内してやり、靴を履いた名前チャンが部屋から出ていく。それを見届けてリビングに戻ろうと欠伸をしたときだ。

「えええええ!!!?」

背後から聞こえた声に条件反射のように振り返る。靴も履かずに玄関から思い切りドアを開けて飛び出すと、目の前の手すりに縋るように捕まってる名前チャンの後ろ姿。
警戒するように辺りを見回したが、周りには誰もいねェしなんもねェ。

「ンだよ。どしたァ?」

「あ、あら……私、となり…荒北くん……」

「……何言ってっかわかんねーんだけど」

すると名前チャンが階段の方を指さした。そっちになんかあんのかァ?と思いながらそっちまで行く。

「わ、…私の部屋…荒北くんの隣だった……」

「……………ハ?」

階段手前の201号室の前まできて足が固まったように動かなくなった。代わりに首を捻って201号室のドアを見つめた。
名前チャンが指さしたのは階段じゃねェ…この部屋だったのか。

「ハァァ!!?」

気付いたら名前チャンと同じくらいの声量で叫んでいた。



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