背負った体温の重さ
荒北靖友side
相変わらずガヤガヤうるせェ大部屋の個室で金城と適当に話しながら、もう1杯頼んだベプシのグラスを指先で掴む。そしたら透明なグラスの視界の奥からとんでもねェ光景が飛び込んできた。慌ててテーブルに置いたベプシはひと口も口をつけてなかったので、中身が飛び散った。
どうしたんだ荒北、と横の金城が声をかけながらおしぼりで丁寧にテーブルを拭く。
どーしたもこーしたもねェ。今まであちこち駆けずりまわっていた名前チャンが1人の先輩の肩に寄りかかってんだヨ。そして名前チャンの肩にはその男の手がまわっていた。
んだ、ありゃァ。
さっきまで具合が悪かったわけでもねェ。アイツのことが好きでイイ感じだとかァ?
………いや、違ェ。明らかに名前チャンの様子がおかしい。自分から引っ付いてるっつーより、ぐったりして寄りかかってるっつか、アイツが手をまわして自分に寄りかからせてるみてェだった。そこまでされてンのに抵抗出来ねェ状況ってこったろ。
なんかしやがった、アイツか誰かが。
それしか考えらンなかった。オレの勘っつーのは昔から捨てたモンじゃねェんだよ。
立ち上がったオレにトイレか?と訊いてくる金城を無視して、荷物や転がってる人間を大股で飛び越えながら反対側のテーブルまで急いだ。
その間にも名前チャンを連れ出そうと腰に手をまわし、支えながら無理矢理立たせる。上手く歩けない名前チャンを半ば引きずるように動き出した。
くそ、同意もねーくせにてめェの好きにさせるかヨ。
オレは驚いた顔で振り返る男の腰にまわった手を引き剥がして握り上げ、もう片方の腕で支えを失くした名前チャンの身体を抱きとめる。見た目よりも中身の詰まってなさそうなくらい軽かった。
「あーセンパイ、帰んならコイツ置いてってくれませんかァ?」
「…荒北ぁ、年下のくせにオレにそんな態度取んのか?」
「ンなもん関係ないっすヨ。無理矢理コイツをどーにかしようとしてンのバレバレなんでェ、こっちに返してもらいますからァ」
「…っ、この!」
オレが掴んでるのと逆の手で、オレの胸ぐらを掴んでくる。それを至って冷静に見下ろしていた。するとオレでもコイツでもねェ日焼けした手がそれを引き離してきた。解放されたオレは、目を瞑る名前チャンの顔色を見ながら絞まった首元を直す。
「名前はオレたちが責任持って介抱しますので心配いりません」
オレとセンパイを引き離した張本人の低音ボイスが聞こえると、センパイは舌打ちしながら戻っていった。
「…全く、荒北は場当たりすぎなんだ」
「るっせ!あーするしかなかったんだヨ!」
「なんでも力で解決しようとするからだろう?」
「あーヘイヘイ。つーかオメー遅すぎンだろ。ったく、もーちっと早く来いよなァ」
「とりあえず名前もこんな状態だ。店を出るか」
「オォ」
今日は新入生歓迎会っつーことで、全部センパイたち持ちでオレらの会費はねェ。
ずり落ちてきた名前チャンを抱え直している間に、オレのリュックを金城が背負った。自分の分とオレの分、片方ずつ方にかけている。それとは別に女物のバッグを腕に引っ掛けていた。
一応部員に声をかけて出るが、おそらく誰もオレらに気づいちゃいねェ。そンくらいのどんちゃん騒ぎにはなっていた。
金城が荷物を持ってっからオレは名前チャンを背負う。肩口に当たる名前チャンから少し甘めの匂いはするわ、さらりと流れる髪がオレの首にかかるわ、わずかだが寝息も聞こえた。何かに引かれるように振り返ろうとして、慌てて首を元に戻す。
なんつーか、振り返っちゃいけねェ気がした。
深いため息だけつき、金城が出してくれたオレの靴を履いて店を出る。外に出ちまえばいろんな匂いが混ざってて、さっきよりは名前チャンの匂いは気にならねェ。
「とりあえずどーする。金城、名前チャンの家知らねェのォ?」
「残念ながら家までは知らないな」
チッ。
幼馴染のくせに使えねーなァ。家くらい知っとけヨ、ボケナス。
なんて金城に当たってもしょうがねェ。
けどあてもなく歩くわけにもいかねーし。
「荒北の家はこの近くじゃなかったか?」
再びため息が出そうになったとき、金城が爆弾発言とも取れることを言い出した。
「ハァ!?」
「ちなみにオレの家はここから2駅先だ」
名前チャンの家は知らねェ、金城の家までは駅まで行って電車をこの恰好で乗り、そっからどんくらいかかるのかは知らねーが歩くことは間違いねェ。
それに比べてオレん家はこっから歩いて10分もかかんねェ。
ったく……緊急事態だししゃァねーか。
「チッ、行くぞ、クソ坊主」
オレがアパートに向けて歩き出すと、斜め後ろで金城がついてくる。
名前チャンを背負い直すためにちょっと跳ねると、改めて名前チャンの柔らかさだの体温だのを直に感じ、思わず落としそうになって腕に力を込め直した。
うっぜ!
オレは今部活の備品でも運んでンだと思うことにする。備品、重てェ備品……。
そう繰り返しながら、人通りの少なくなった真夜中の道路を歩く。
「……つーか逆じゃナァイ?」
「何がだ?」
「オメーが名前チャン運べヨ。オレが荷物持ってやっからァ」
「なら交代するか?」
その声に振り返ると、金城が立ち止まって持っている女物の靴をオレに向けて来る。ちょうど街灯の下。金城の無表情に近い顔がはっきりと見える。なんつーか、ちょっとコイツの雰囲気が違った。
オレは肩にもたれかかる名前チャンの寝顔を横目に見る。何飲まされたのか知らねェが、ぐっすりだった。だが若干口元が動いたと思うと「ん…」と耳元を掠めるような声がした。
「………アーやっぱいいわ。メンドクセーし降ろすとこもねェ」
止めていた脚をまた帰路へ向ける。
オレが言い出したことなのに、何断ってンだよ。
そう自分に突っ込まずにはいられねェ。
けどなんだ。
マジでなんもねー道のど真ん中で、コイツを安全に降ろせる場所なんざねェし。
ただそンだけだ。