策略に落ちる


今日は洋南大学自転車競技部の新入生歓迎会……のはずだ。
そして私も1年生のはずだ。数十分前まで真護くんの横でソフトドリンクを飲みながら、荒北くんも交えて喋っていた。
なのに、私は今この貸切られた個室を行ったり来たりしている。
お酒を注いでくれだの、料理を取り分けてくれだの、店員さんとのやり取りも全て私。さらに酔っ払った先輩たちがボディタッチをしてくるし、とにかく絡んでくる。
自分でやれとは言えず、男ばかりの中、女は私だけなのだから仕方ないと諦めた。
端の方に避難しているように見える真護くんも荒北くんも、2人で喋りながら私のことは気にも止めない。
そうこうしていると次のコース料理が運ばれてきて、代わりに空いたグラスをまとめて店員さんに渡した。

1人で何人も相手にするのはさすがに疲れてきた。やっとひと息つこうとしたときに目の前に差し出されたコップには透明な液体が入っていた。

「ごめんな、女の子苗字さんしかいないからみんな頼りっぱなしなんだ」

「い…いいえ、大丈夫です。マネージャー業でこういうのは慣れてますから」

「お水。飲みなよ」

「ありがとうございます」

優しそうに笑う先輩がお水と言ってくれたコップを両手で持って口元まで持っていく。
疑っているわけじゃないけど、これは水か?という疑問が浮かんでしまい、口に入れる前に匂いを嗅ぐ。もうその時点で疑っているんだけれども。
それでも男もだらけの中で、自分の身を守ることは女子にとっては重要だと思う。
鼻をツンと通り抜けるアルコールのような匂いはしない。
信用してもいいらしい。ありがたく口をつけて一気に3分の2ほど飲み干した。

「……ッ、ぅ…な、んですか…こ、れ」

私が飲んだ液体は喉の奥に消えたのに、吐き出そうと両手で口を覆う。
確かにアルコールの匂いはしなかった。なんなら味だってしなかった。お酒を飲んだことはないけど、それっぽい味はしなかったんだ。
なのにぐるぐる視界が回る。瞼は無意識に落ちてくる。力が抜けていく。ふわふわする。
先輩の手が肩にまわり、払い除けることも出来ずに引き寄せられるまま肩にもたれかかった。
大胆だね、苗字さんだなんて耳元で身も蓋もないことを言われるが、反論する言葉も浮かばない。
なんでこんなことを………なんて思考も動かなくなって意識を手放した。





▼▼▼

意識が戻ったとき、私の身体は横になっていた。しかも床の上とか野外とかそんな場所じゃない。
柔らかいものの上だった。ご丁寧に掛け布団までかけられて。
瞼を徐々に開く度、意識を飛ばす前の記憶が段々と蘇ってきた。
冷や汗が背中をダラダラ流れる。もしかしてここはあの先輩の家なのでは?私やらかした!?
いてもたってもいられなくなって覚醒すると同時に掛け布団を捲り上げて飛び起きた。

「あっ!つ、ぅ……」

ズキンと頭に激痛が走り、起こした上半身はそのままベッドに沈んだ。後頭部に枕の感触があり、沈んだ衝撃で知らない匂いが舞う。
間違いない、ここは私の部屋じゃないんだ。女1人だったから気をつけてはいたんだ。なのに、最悪だ。
両手で覆った目から涙が溢れてきた。悔しい、悲しい、わかんない。
ひと通り泣いたあとぼーっとする身体をゆっくりと起き上がらせた。周りを見渡すも先輩はいない。
あれ?どういうことだろう。
ちなみに服も着ている。ちょっと乱れてはいるがあのときのまま。
そういえばこの部屋の感じ…私の部屋と似ている。奥に見えるキッチンとか窓とかまるで同じような部屋だった。
なのに掛け布団の色は違うし、本棚に陳列されている本の種類も、ローテーブルに置いてあるものも私のものじゃない。
じゃあ誰の部屋?あの先輩の?
まだよく回らない頭をフル回転させながらベッドの外に脚を伸ばした。とにかくここを出ようと自分の転がったバッグを手に取ってローテーブルの前を通ったときだった。

「ッ!てェ!」

何かを踏んだ。そしてそれは声を発した。男の声だった。
よく見ると薄い布団みたいなのが丸まっていた。その先には黒髪が見える。
もしかして先輩……?
途端に怖くなった。さっき散々泣いたはずなのに、再びじわりと視界が歪む。
とにかく震える脚を引っ込めてバッグを握りしめた。

「アー…起きたァ?」

丸まった布団から顔を出したのは、普段は鋭い三白眼を眠たそうに開けて頭をぐしゃぐしゃに掻いた荒北くんだった。



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