名は荒北靖友


眠い。
眠すぎる。
ご飯食べすぎたかな…。

睡魔が私を襲っている。
耐えろ私。
そう思うのに、耳から入ってくる声は催眠術にしか聞こえない。
一瞬意識を飛ばしてしまうと、シャーペンは手からこぼれ落ち頭が急降下した。
はっと目を開けてシャーペンを取ろうとすると、荒北くんがこっちを見ていた。

見られてた!?
は、恥ずかしい……。

私は苦笑いを向けるしかなかった。

シャーペンを握り直すと荒北くんのノートがちらっと見えた。

偏見かもしれないけど字汚いかと思ったら独特で羅線いっぱいに書かれた大きな字。
意外だ、意外すぎる…!
ちょっと可愛い。
さっきとは違う意味で笑いそうになってしまい、授業中だということを思い出して耐える。

すると荒北くんがシャーペンで私のノートを突いた。
そこにはノートが破れた部分。

あー、これあのときの。
引っ越しの挨拶のときに適当にちぎったやつだ。
それを荒北くんに説明すると、なんだか複雑そうな顔をして頭を掻いていた。

1箇所破れてるしもういいやと思って、そのページを真ん中から全て破る。
そこでせっかくだから荒北くんに筆談してみようと思って、荒北くんの字を可愛いと書くと口を大きく開けて今にも文句か何か言いそうな顔をした。
その口を結んだ荒北くんは、破ったノートにでかでか「ボケナス」と書いた。



睡魔と闘いながら3限を乗り越え、荒北くんとそのまま部活に向かう。
挨拶をしながら部室に入ると、栄吉くんと数人の先輩たちがいた。

「名前ちゃんとついでに荒北、次の土曜空いちょるけぇ?」

「んだよついでってェ、クソ待宮」

「細かいことは気にせんと、どうじゃ?」

空いてると答えようとすると、左隣で荒北くんが眉をひそめている。

「…私は空いてるけど」

「おおそうか!新歓コンパがあるけぇ名前ちゃんは参加じゃ!」

栄吉くんが私の右隣に移動して肩を組んできた。

「新歓コンパ?」

「新入生歓迎会じゃけ」

左隣の荒北くんはそれを聞いて面倒くさそうに息を吐いた。

「テメェはベタベタくっつきすぎだろ!」

荒北くんは私の肩から栄吉くんの手を摘むようにして外した。
その栄吉くんは面白いものでも見たというように、ニタァと笑う。

「おーおー、随分仲良くなったのぉ。名前ちゃんは荒北のもんじゃないけぇ。みんなのもんじゃ」

おお、荒北くんの眉間に皺が刻まれている。
これは荒北くんがお怒りだよ。
栄吉くんの言うことはさらっと流さなきゃダメだよ。
本気にしたら負けだから。
私は荒北くんのものとかそんな恐れ多いこと思ってないから。

「わ、私は気にしてないから」

荒北くんに向けて言うと、今度はその顔を私に向けられた。

「あ…あー…でもありがとう」

脅迫されてる気分になったけど、荒北くんは栄吉くんの手から助けてくれたつもりなんだろうから一応お礼を言うとケッとそっぽを向いた。

「荒北くんも行こうよ。私たちを歓迎してくれるみたいだし」

明後日の方向を向いてしまった荒北くんに声をかけたが、こっちを向いてはくれなかった。
荒北くんの服を摘んでつんつん引っ張るとやっと斜め上から視線が返ってくる。

「ね?」

「……別にいいけどォ」

ちょっとは機嫌が直ってきたかなと思ったのに、栄吉くんが「荒北ぁ名前ちゃんには甘いのぉ」とか言ったせいで再びそっぽを向かれてしまった。

微妙な雰囲気の中、後ろのドアが開いて真護くんが入ってきた。
今来たばっかりの真護くんに新入生歓迎会の話をすると、二つ返事で参加させてもらうと答えた。
その間に栄吉くんと荒北くんは口喧嘩を繰り広げている。
きっと栄吉くんが何か言ったんだろう。

「そうだ名前、次に荒北と出るレース、オーダー表を書いて出しておいてくれないか?」

「うん、わかった」

真護くんから紙を受け取って、栄吉くんと荒北くんの言い合いを最早BGMにしながらそれを書き始める。

大学名「洋南大学」
選手名・学年「金城真護・1年」、「荒北……」

…………ん?
荒北……。

私のペンがそこで止まる。止めざるを得ない。

荒北くんの下の名前を知らないことに今更気付く。

「真護くん、荒北くんの下の名前ってなんて言うの?」

荒北くんはまだ栄吉くんと喋っているし、何より本人に今更聞くのも気が引けたので真護くんに訊ねた。

「ああ、靖友だ」

「やすとも……?」

正直口で言われても字がわからないので私のペンは止まったまま。

「あの、」

どういう漢字書くの?とそのまま真護くんに訊こうと思ったら後ろから手が伸びてきて私の指からペンが引き抜かれた。

「あ……」

振り返ると荒北くんが私に覆いかぶさるように至近距離にいて、慌てて前を向く。
ペンを持った荒北くんがそのまま後ろからサラサラと字を書き始めた。
私の顔の横には荒北くんの伸ばされた腕がすぐ側にあって、なんだか知らないけど身体が強ばった。
太腿の上でぎゅっと手を握りじっとしてることしかできない。
書き終えた荒北くんが紙の横にペンを置いた。

「あ……靖友…」

「そォ」

荒北くんは私が書いた『荒北』の文字の横に『靖友』と書いた。
3限の授業中に見た、『ボケナス』の字と同じく独特な字。

椅子から反るように見上げると、私をじっと見下ろした荒北くんと目が合った。

「あ、りがとう。荒北くん」

荒北くんは特に反応もなしに離れていった。



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