違う世界
荒北靖友side
それからすぐに授業が始まったもんで、名前チャンは前を向く。
それにしてもなんつーか、コイツも普通に女子大生なんだなと思う。
それなりに身なりに気をつかっているように見えた。
普段ジャージ姿しか見てねェからだとは思うが。
スカートだって履くし、ヒールのある靴も履くらしい。
その上で足元に大きめなバッグが置いてあって、おそらく部活用に持ってきてんだろう。
とりあえずひと眠りすっかと思って机に上半身を被せて顔を伏せようとすると、なんかのニオイが鼻を掠めた。
ハ?
意外と前のめりになると、前の席とかなり近くなる。
オレの目の前には普段はポニーテールにしている名前チャンの流れる髪があった。
コイツのシャンプーかなんかのニオイか。
けどイヤなニオイじゃねェ。
むしろ。
…って変態かヨ!!
待宮じゃあるまいしィ!
オレは慌てて身体を起こし、結局その時間、寝ることは許されなかった。
そのまま授業は終了し、名前チャンが後ろを振り返ってきた。
なんとなくバツが悪くて顔を逸らすと、どうしたの?と訊いてくるのでなんでもねェと答えておいた。
不思議そうにしながらも今度は次なんの授業を取ってるか訊かれて答えると、あー私こっちだと、オレと違う授業の名前を言った。
「ねぇ荒北くん、荒北くんの授業のコマ割り見せてくれない?」
そう言われて、別に隠すモンでもねェからリュックのファイルから取り出すと、名前チャンも自分のとピンクの蛍光ペンを取り出した。
それからオレのと見比べながら、蛍光ペンで自分のコマ割りを囲っていく。
「できた!」
「何してんのォ?」
「荒北くんと被ってる授業の印。同じ学部だし一緒に受けられるかなと思って」
「……フーン」
「ちなみにねー、黄色は真護くんと被ってる授業なんだ」
嬉しそうに話す名前チャンのコマ割りを見ると、一箇所だけ黄色で囲まれた枠があった。
どんだけ金城好きなんだヨ。
ほんとベッタリだな。
「ダイスキな金城と授業被っててよかったな」
「ん?うん!」
否定しねェし。
コイツらってどーゆー関係?
もしやデキてんのォ?
金城はそんなこと言ってねェんだけど。
ま、ベラベラ喋んねーだけかもな。
「あ、そうだ。今日のお昼荒北くんも一緒しない?3限はまた一緒の授業だし」
「あ?…あー別にいいけどォ」
「じゃあ2限終わったら連絡……って私荒北くんの連絡先知らないや。教えてもらってもいい?」
「ドーゾ」
どうせ部活関係で連絡取り合うことも出てくんじゃねェかと思ったから、知ってた方が都合がいい。
部室の鍵を入れていた方とは逆のポケットからスマホを取り出して、連絡先の交換をした。
名前チャンは律儀にグループ分けをしてるようで、金城と待宮の名前もチラッと見えた。
金城はともかく待宮、アイツちゃっかり交換してやがんだなと思った。
グループの連絡先一覧にオレの名前が一番上にきてて、『荒北くん』と表示されていた。
その下に『栄吉くん』、『真護くん』と続いていた。
なんとなくモヤモヤしたが、とりあえず無視しておいた。
「じゃああとで連絡するねー」
そう言ってスカートを翻し、コツコツとヒールを鳴らしてオレとは逆方向に走っていった。
黙ってその姿を見ていると何かにつまづいて体勢を崩していた。
危なっかしいヤツ。
そんなことを思いながら、オレも自分の教室へ向かった。
2限目が終わりスマホを取り出すと、タイミングよくそれが震えた。
さっき交換したばかりの名前が表示されてタップする。
『昨日の片付けをしてから行くから食堂で待ってて!』
というメッセージだった。
それにヘイヘイと送ってまたスマホをしまう。
昨日の片付け?
あーオレらが使ったやつか。
食堂で待っててもよかったが、部室に行った方が早ェと思ってそっちに向かった。
部室のドアに手をかけたとき、中から声が聞こえた。
「真護くん、手伝ってもらってありがとう」
「オレたちが使ったものだから礼はいらんさ」
名前チャンと金城の声だ。
このドアを躊躇いなく開ければいいものをなぜか捻ることができなかった。
「荒北くん待ってるよね、行こう真護くん」
「…ああ」
2人の声が近くに聞こえて、オレは慌ててドアノブから手を離して食堂に向かった。
「あ、荒北くーん」
金城の手を引っ張り、オレに向けて手を振りながら部室から戻ってきた。
「ごめんね、お腹すいたよね」
「腹減ったァ」
今日は何食べようかな、と名前チャンが券売機の前に立つ。
さっきパスタ食べたいって言ってなかったか?と金城。
でもオムライスも食べたいなー、うーんと悩む名前チャンに金城が半分ずつにするかと提案。
やった!と喜ぶ名前チャン。
券売機とオレの間でそんなやりとりがされていた。
オレここにいてもいいのかァ?
なんつーか、邪魔者じゃねェ?
「荒北くんは何にする?」
笑いながら名前チャンが振り返ってきた。
それに続いて金城もオレを見る。
「あー…オレは肉」
そう言って金を入れて唐揚げ定食のボタンを押した。