意外と


入ってきた男の子が睨みつけるように私を見るもんで、弁解するようにいろいろ言ったけど、それももう何を言ったか覚えてない。

そうだ、真護くんに来てもらえば私の無実も証明される!

そう思ってスマホを取り出した瞬間、部室に備え付けてあったテーブルに足を取られた。
背中から倒れるような体勢になると、男の子は細い三白眼を見開いて大口を開けているのが下からはっきり見えた。
一瞬の出来事なのに、スロー再生されている感覚。
でもお尻に確かな痛みがあった。
上半身は起きていて、というかその男の子が私の手を引っ張ってくれていたおかげなんだと思うけど頭は無事のようだった。

顔は怖いけど意外といい人なのかもしれない。

それからスマホを探して真護くんに電話をかけるとすぐ戻ると言ったのでそれを待つ。
男の子がロッカーに向かうのを目で追っていると、おもむろにジャージを脱ぎ出した。

「ひゃっ」

私がいること忘れてませんか!?
一応女なんですけど!?

なんてその背中に叫びそうになる。

目を逸らしたいのに、ひょろひょろかと思ったその身体は意外と筋肉がちゃんとついてるし、やっぱりこの人もスポーツやってる人なんだなぁと思う。
肌白…。
私より白いんじゃ…。

すると見すぎだとでもいうように、彼の背中の筋に沿って汗が垂れた。
私ははっとしてさっき懸命に叩き込んだ記憶を辿って棚を開けタオルを渡した。


それから少しして、真護くんと栄吉くんが戻ってきてほっと肩を下ろした。

「…真護くん、あの人…」

「ん?ああ、あれは荒北だ」

「荒北くん?」

「元箱根学園2番だ」

「えっハコガク!?あの王者の?」

あの箱根学園の、しかもインターハイに出てた人だったなんて。
私だって箱根学園は知ってる。
真護くんからずっと倒すべき相手だと耳にタコができるくらい聞かされた王者軍団だ。

…なんというか人は見かけによらないとはこういうことなのかな。
って失礼か。

私は荒北くんに向き直って、マネージャーとしてきちんと挨拶をした。
その返答に荒北くんは何か考えるように「オゥ」とだけ言った。






数日後のマネージャー業が少し慣れ始めたある日。
部活が終わって、日が沈み始めた頃。

「真護くんたちはまだやってくの?」

「ああ、もう少しだけ廻して帰る」

真護くん、栄吉くん、荒北くんは室内練習に切り替え、ローラーに乗っていた。

「名前は暗くなる前にもう帰れ」

「なんじゃったらワシが送ってくき。待っとってもええがのォ、名前ちゃん」

「テメ、待宮ァ!サボってんじゃねェ!」

足を止めた栄吉くんは荒北くんに怒られていた。
私は真護くんのお言葉に甘えて帰りの準備をする。

あ、そうだ。
3人分のボトルとタオル置いておかなきゃ。

「ボトルとタオル用意しといたから使ってね。使い終わったやつはまとめといて?明日片付けるから。鍵もよろしくね」

鞄を肩にかけて、じゃあまた明日ね、と軽く手を振った。
真護くんは「気を付けて帰れよ」と声をかけてくれて、栄吉くんは手を振り返してくれた。
荒北くんは仏頂面で私をじっと見てから目を逸らす。

…うーん、荒北くんとなかなか馴染めないな、なんて思いながらドアを閉めた。



家に帰ってきてダラダラ過ごしながら夕飯を作る。
今日は唐揚げだ。
昔から家の手伝いはひと通りやっていたから、家事は得意な方だと思う。
油の中で唐揚げが揚がっていく様をぼーっと見ていると、隣の部屋からガタガタと物音がした。
どうやらお隣さんがご帰宅のようだ。

なんとなく時計を見ると、もうすぐ夜の8時になりそうでやっぱり社会人の人が住んでるのかなぁ、と未だに会ったことのないお隣さんを想像した。

わかっているのは男性だということだけ。
前に怒っているような声が少しだけ聞こえた。
たぶん電話か何かだったんだろうけど。





次の日、私は授業が1限からあった。
工学部の必修科目。
だからここにいるのはほぼ工学部の人間。
やっぱり周りは男子ばっかりで、女子は数人しかいなかった。

あ…部活前に昨日3人が使ったやつ片付けておきたいな。
昼休みをちょっと使うかー。
そういえば鍵誰が持ってるんだろう。
あとで真護くんに連絡してみようかな。

教授が来るまでの間、そんなことをぼーっと考えていた。
だから気付かなかった、というのはもちろんあるんだけど、馴染みのない単語だったから聞き逃していたんだ。

「名前チャァン」

私と同じ名前の女子が近くにいるんだ。
奇遇だな、仲良くできるかも。

なんて男の子の声が耳に入ってきた。

「おいコラ、無視してんじゃねーよ」

ぼーっとした頭にいきなり何かが降ってきた。
しかも朝から結構な衝撃だ。
何をするんだと首だけ後ろに反らせた。

「……え!?荒北くん?」

机を挟んで後ろに立っていたのは荒北くんだった。
そして衝撃の正体は荒北くんの教科書らしい。

「……どうして?」

「アー鍵。金城に頼まれた」

ゴソゴソとズボンのポケットを探って、部室の鍵を出した。
私が手を出すと荒北くんは私の掌に鍵を置いた。

………ん?
じゃあさっき名前ちゃんって言ったのは…荒北くん?
じっと見ると荒北くんの耳がちょっぴりだけ赤い。
照れてるのかな?
ならわざわざそんな風に呼ばなくてもいいのに。
いつもおいとかなぁとかおまえとか。
そういえば荒北くんから名前呼ばれたことなかったな。

「…ねぇ、もう1回私のこと呼んでみて?」

「ッ……」

荒北くんが一瞬引きつった顔をし、すぐに私を睨みつけた。

「ふふっ」

荒北くんってからかうとちょっと面白い人かもしれない。

荒北くんは舌打ちをして頭を掻きながらそのまま私の後ろに座った。

「荒北くんもこの授業取ってるの?」

私は身体ごと捻って後ろを向く。

「あ?何言ってんのォ?必修科目じゃねェか」

「……え?ええっ!?」

てことは荒北くんって工学部だったの!?
今まで荒北くんがいるのに気付かなかった。
ぽかんと口を開けていると、アホ面ァと言いながら紫色のシャーペンのノック部分で頬をツンツンと押された。



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