永遠を誓う衣


片方しか見えていない目はいつになく真剣で、言葉少なく「結婚、しよう」と言ってくれた日から早1ヶ月。
私とはじめの左薬指には、まだ傷も少ない真新しいお揃いのシルバーリングが光っている。あのときは緊張したの?と訊いてみると、しないわけがないと返ってきた。それが顔に出てなかったから、即答で緊張してたと言われて結構驚いている。断わる理由もないのに、そういうものなのだろうか。


それからいくつかの式場をまわり、海からも駅からも近い白を基調とした紺色のラインが映えるゲストハウスに決めた。
見学のときに見た大理石が敷き詰められたチャペルは、正面がガラス張りになっていて思わず駆け出したくなる。そこからは一面の海が陽の光に当てられてキラキラしていた。見上げれば眩しいくらいのシャンデリアが輝いていて思わず目が眩む。憧れの光景にはしゃぐ私を、後ろの方でいつものキリッとした目が温かく私を見つめていた。口元が少し穏やかに笑っているのが印象的だった。
私はここが気に入ったんだけど……はじめはどうなんだろう。2人の結婚式だから一存では決められない。
もう一度はじめの方を振り返ると、辺りを見まわしていたはじめがそれに合わせて私をじっと見てきた。

「あ……えっと、はじめ?」

「…気に入ったのか?ここ」

「っ、うん!」

「なら、ここにするか」

「いいの?」

「ああ、名前が気に入ったなら、ここがいい」

はじめがふっと笑い、私の頭上から後頭部にかけて髪を撫でた。





▼▼▼

さて、そうなれば始まるのが結婚式に向けての準備だ。幸せルンルンというだけにはいかず、何度も打ち合わせがあったり細かく決めていかないといけないものがたくさんあった。私もはじめも仕事の合間の貴重な休日や夜に時間を作って進める。

そんな今日はウエディングドレスの選定だ。
私はそれが楽しみでならなかった。こんなお姫様みたいなドレスを着る憧れというものが少なからずあったらしい。

ゲストハウス内の一室に私とはじめが通されると、まず目に入ったのはひたすら白。真っ白なドレスがずらっとクローゼットの様に並び、その奥には色とりどりの華やかなドレス、そしてそのまた奥には和装も取り揃えられていた。
それに引き寄せられるように近づくとその横にはフィッティングルームが用意されていて、大きな鏡がドレスたちと私の姿を映していた。

「あ……これ可愛いかも」

「名前は、Aラインかプリンセスラインっていうのが似合う、と思う」

「…………え?」

高そうなハンガーにかかったドレスに手を伸ばした瞬間、身体が固まるほどの衝撃的な言葉を聞いた。
はじめがAライン…とかプリンセスライン……とか。
え?
そんな女子とファンションに詳しい一部の男子しか知らなそうな言葉がはじめの口から出てくるなんて。はじめはファンションに詳しいタイプでもないしどこでそんな単語を仕入れてきたんだろうと思っていると、羽織っていたジャケットのポケットにゴソゴソと手を入れていた。よく見るとそこからは、はみ出した罫線が書かれたメモみたいなものの端が見えた。
……もしかして、調べたの?
嬉しくなって笑うと、はじめは気まずそうに視線を床に落としていた。はじめの声に耳を傾けた担当さんはこの辺りはどうでしょう?と腰の辺りから広がるように伸びるAラインのドレスと、ふわっとしたのが可愛らしいプリンセスラインのドレスが多く並ぶ場所に案内してくれる。
十数分悩んだ末にAラインとプリンセスラインのドレスを1着ずつ選ぶと、私は担当さんに大きなカーテンの中に招かれ、はじめはカーテンを隔てたところのテーブルの前で待ってるように腰掛けた。
着るのが大変そうなドレスをテキパキと着せてくれて髪も少しアップにしてくれた。
肩も胸元も背中も大きく開いていて少し恥ずかしいけど、とても可愛いドレスで浮き足立っていた。次に思ったのははじめの反応。はじめはどう思ってくれるんだろうか、ってばっかり気になってしまう。

「はじめ…?」

「ご主人様どうぞ見てみてください。奥様とてもお似合いですよ?」

カーテンから顔だけ出した私のところに手をかけた担当さんは、その布を取っ払うようにカーテンを全開にした。
その目の前に立っていたはじめが、少し目を見開いて静かに瞬きを繰り返す。

「あのー…はじめ?」

私が声をかけるとはじめははっとして身体ごと横を向いてしまった。長めの金髪でその表情は見えない。
もしかして似合わないのかも…。

「……いい、んじゃないか?」

はじめはこっちを見ないままぼそっと呟いたが、私にははっきりそれが聞こえた。
……もしかして照れてる…?
はじめが照れてるのかもしれないと思うと、私も途端に恥ずかしくなってきた。
担当さんのこちらも着てみましょうという声がかかって再びカーテンを閉められる。
今度はプリンセスラインを着せてもらうと、腰の辺りから広がるレースに、私には可愛すぎるデザインだったかもなんて思った。
今度は自分で前のカーテンを開けた。どうかな、と言おうとした時に担当さんの持っていた業務用のピッチが鳴った。私たちに一言声をかけてから離れ、それを取って何かを話していた。
電話が終わったあと他の人の衣装のことで至急の呼び出しがかかったそうで、少し席を外すと謝罪しながら出ていった。
衣装室に残されたのは私とはじめ。

「あ、えーっと、これ…どうかな?私には似合わないくらい可愛い感じだよね……」

なんとなく隠そうとしてカーテンを閉じるように引っ張ると、それをはじめによって阻止された。カーテンを掴まれ開かれる。お互い内側と外側からカーテンを掴んだまま、はじめの綺麗な目が上から私を捕らえていて逸らせない。
その布地を纏いながらはじめの指が私の指の間に絡んでくる。

「名前、」

「……はい」

「可愛い。食べていいか?」

「えっ、ちょ……ここで!?」

はじめが1歩距離を縮めて私の胸元をなぞりながら白の布地に人差し指をかける。
いやいやいや、担当さん戻ってきちゃうし試着のドレス汚したらマズイしえーっとえーっと。

「……冗談だ。それは帰ってからにとっておく。今はこれだけ」

慌てた私を見てふっと口元が笑った。
はじめの人差し指が離れたと思ったら、後頭部を固定されて唇を落とされる。
結婚式でするときは、誓いを立てるためのキスになるんだと感じながら何度も降ってくるキスを受け入れた。




▼▼▼

私は閉じられた扉の前に立っていた。汚れのない衣装を纏って。扉の中にはすでに先に入ったはじめが、同じく衣装を着て私を待っているはずだ。金髪を反射させるほどの白がよく映えて、とても似合っていたあの姿が。
程なくして扉の両側にいるスタッフさんがそれを開いた。その瞬間にバージンロードの中央辺りで、ベール越しに私を待つ片方の目と合った。父親とゆっくりその場所へ向かう。一歩一歩確実に近付く距離に、早くはじめのところに行きたいような、まだゆっくり進みたいような微妙な心境でいた。
私の視界にはじめの姿がどんどん大きくなってきて、手を伸ばせば触れられる距離にまで来ると、はじめが穏やかな瞳で私に手を差し伸べてくれた。私は父親との腕を解き、その大きく包んでくれる最愛の人の掌に自分のを重ねた。それを決して離さないようにきゅっと握られる。

「必ず、幸せにします」

私も、はじめを幸せにします。
だからどうか、私の人生にずっとはじめがいますように。



End


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Congratulations!Hajime Aoyagi



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