201号室


ピンポーン。
私はドアの横に備え付けてあるチャイムを鳴らした。
しばらくそこで棒立ちしているが、このドアが開かれることはなかった。

もう1回だけ。
そう思って再びチャイムを鳴らす。
しかし現状は変わらず反応がない。
私と生活スタイルの違う人が住んでるのかもしれない。
2度目の訪問を経てひとつの勝手な見解がされていた。

仕方ない。
持っていた鞄を探り、1冊のノートを取り出して羅線だけが書かれた適当なページをちぎる。
ペンケースから黒のボールペンを取り出し、ノートを下敷き代わりにしてちぎった紙切れに文字を書いていく。

書き終えたそれを二つ折りにし、持っている紙袋に入れて目の前のドアノブにかけた。
そして私が戻るのはその隣の部屋。
そのうち会う機会もあるだろうなと思いながら。





迎えたのは大学の入学式。
とある場所を貸し切り、そこに全学部の一年生が集められた。
私も例外ではない。

「あ、真護くーん」

スーツの色で真っ黒な集団の中、私は眼鏡をかけた坊主頭を見つけた。
その声に気付いた真護くんが私の方を向いて軽く手を挙げた。

「おはよう!」

「ああ、おはよう。…そうしてると名前も大学生って感じだな」

真護くんが私のピタッとした黒のタイトスカートを見て言う。

「なんか地味に失礼じゃない?れっきとした大学生なんですけど」

この人は金城真護。
元総北高校自転車競技部の主将。
けど私はそのマネージャーとかでもなんでもない。
言うなれば、真護くんとは小中高とずっと一緒だ。
そして2人そろって洋南大学に合格。
数ヶ月前は一緒に勉強したこともあった。
どっちかだけ受かってても恨みっこなしだからね!なんて話したことも今は懐かしい。
でも正直、知らない土地で知ってる人がいるというのは意外と心強かった。
それでも人見知りの私は、真護くんの陰に隠れるようにして会場へ向かう。

「そういえば、考えたか?あの話」

あの話とは、真護くんの提案のことだ。
私はずっとなんとなく打ち込めるものもなく学校生活を送っていた。
それをせっかく最後の学生生活なのだから変えてみたらどうかと。
何かのサークルや部活をやってみたらどうかと。
特にないのなら自転車競技部マネージャーはどうかと誘われていた。
ずっと自転車をやっている真護くんといるからか、知らず知らずのうちに自転車のことには詳しくなっていた。

「もう少し考えさせて…?」

「ああ、いい返事を期待している。おまえはおっちょこちょいなところはあるが、責任感が強く根は真面目で負けず嫌いで人を支えるのが上手いやつだ」

真護くんがさり気なく私の頭に手を置いた。
口元は笑っている。
もしかして真護くんのことも支えることができてたのかな?
それならやってみてもいいかも、と前向きになれた。




「や、やっぱり私帰る!」

「ここまで来て何を言ってるんだ?決めたんだろう?」

大学生活も1ヶ月を過ぎていた。
そんな洋南大学、自転車競技部部室前。
真護くんと私はさっきからずっとこのやり取りが続いていた。
私が帰ると引き返したいのに、真護くんが腕を離してくれない。
表情ひとつ変えずに逃げようとする私の腕を掴んでいる。

結局私は真護くんの勧誘のもと、悩みに悩んだ末に入部希望することを決めた。
決めたのはいいが、すでに部活動は始まっていて途中入部扱いだ。
ただでさえ人見知りなのに、今入ったら注目の的になるのは避けられない。

「オレが紹介してやるから名前はただ横に立ってればいい」

「ほ、ほんと?」

「大丈夫だ」

くそー、真護くんが言うとなんだか説得力があるんだよね。

「わ、わかった」

私は踏ん張っていた足の力を抜くと、真護くんは躊躇いなく部室の扉を開けた。
私はその真護くんに引っ張られ、続いて中に入る。

見事に男子ばかりだった。
そりゃそうか。

思った通り、女子がここに来るのが珍しいのか、ジロジロと視線を浴びる。
思わず肩を窄めた。

「金城くん、女連れとは珍しいのぉ、エェ?」

「ひゃっ」

独特の方言をした人が私の前に立ち、屈んで顔を近付けた。
私は驚いて1歩後に下がる。

「待宮、あまりからかうな。彼女は苗字名前。マネージャーとして入部希望だ」

「あの…よろしくお願いします。苗字名前です」

「ワシァ1年の待宮栄吉いうもんじゃ。よろしくの、名前ちゃん」

待宮くんは自分の髪を何度か弄ったあと、私に手を出してきた。
悪い人ではなさそうだ。
むしろフレンドリーっぽい。

「よろしくね、待宮くん」

「そげな堅い呼び方はなしじゃ!栄吉と呼んでくれェや!」

待宮くん…栄吉くんは笑いながら私の肩をポンポン叩く。
スキンシップも多い人のようだ。

「…待宮、荒北は見なかったか?」

「おお、荒北なら先にひとっ走り行ったけぇ。まだ帰ってきとらんのぉ」

「そうか。ならオレたちも荒北に合流しに行くか」

「そーじゃの」

部室の奥には真護くんの自転車が置いてあった。

「名前は部室にいるか?」

「うん。ねぇ何がどこにあるのか部室の中見ててもいい?」

「ああ、構わない」

真護くんと栄吉くんはヘルメットを右手に抱えて自転車を引きながら部室を出ていった。
それに続いたように部員がぞろぞろと出ていく。
結局部室内は私ひとりになった。

入ったからにはちゃんとやらなきゃ。
私は何がどこにしまってあるのか頭に叩き込むように部室を物色していく。

ここには何があるんだろうと扉に手をかけた瞬間、部室のドアが勢いよく開く音がして驚きに肩を震わせた。

「あっちィ!」

青緑色の自転車を引きながら洋南大学のサイクルジャージで汗を拭く男の子が入ってきた。

「あ゛?」

「へっ?」

……誰!?

と思うのも束の間、部室を物色している私の方が不審者に見えるんじゃないかという考えが頭をよぎって冷や汗が背中を伝った。



back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -