わたしに恋して


物静かであまり喋らない、所謂草食系男子がタイプだ。
ガツガツ自己主張されるよりいいなって思ってる。
何事にもうんうんと聞いてくれるような平和主義で、何より自分から恋愛に飛び込むタイプじゃないから浮気の心配も少ない。
優しい、真面目、平和。
恋愛に関して安心できる、おおらかな人がいい。ただ草食系男子は自分から恋愛を成就させようという考えはあまり持ち合わせていないことが多い。
だから私が伝えることで恋愛感情をもってもらえたらって思う。
私はチラリと金色の前髪に隠された顔を見つめた。

青八木一くん。
教室で見る彼はまさに私のタイプそのものだった。よく喋る手嶋くんといるとそれがさらに際立つ。
手嶋くんの話をうんうんと聞き、何かあればぼそっと静かに話す。もちろん喧嘩腰の言葉ではない。
顔も悪くない。むしろキリッとした顔立ちはかっこいいと思う。絵に書いたような草食系男子だと思い、必然的に惹かれた。




▼▼▼

「青八木くん、ちょっとだけいい…かな?」

手嶋くんと部活に行こうとしていた青八木くんに声をかけると、手嶋くんは何か空気を読んだのか先行ってるなと軽く手を挙げて賑やかな廊下を歩いていった。
私は残された青八木くんに向き直る。

「ごめんね、部活行くところ引き止めて。すぐ終わるから」

「いや、大丈夫だ」

そういえばちゃんと正面から青八木くんを見たのは初めてかもしれない。
真っ黒ではなく澄んだ黒い目が私をじっと見つめている。もっとぼんやりした目をしてるのかと思ったら、案外キリッとしていているんだな。
そう思ったら心臓が飛び出るんじゃないかというくらいバクバクと収縮を繰り返した。
ああ私、ちゃんと青八木くんが好きみたいだよ。

「青八木くん……好き、です。私と付き合ってください…!」

緊張感により握りしめた手が汗ばむし、青八木くんがどんな顔してるのかも上げられない自分の頭のせいでわからない。
私の告白にyesともnoとも答えが返ってこなくて、盗み見るように薄く目を開く。
私を見つめていたその瞳がゆらゆらと動きながら耳が真っ赤に染まっている。
その首がコクコクと縦に振られていた。
私のことが少なからず好きだって思ってもいいのだろうか。

けど私は思い出すことになる。
草食系男子は平和を望むということに。



▼▼▼

私の告白により、私とはじめくんは付き合い始めた。
はじめくんは自転車部で忙しかったけど、私が一緒に帰りたいと言えば頷いて部活の帰りに送ってくれるし、私が会いたいと言えば自転車を飛ばして会いに来てくれた。
私の思い描いていた恋愛ができていると言っていい。
この数ヶ月喧嘩なんて微塵もない。私が望んだ結果なのだ。

それなのになんでだろう。
私ばっかりはじめくんが好きなんじゃないだろうかって思う。私ばっかりはじめくん、はじめくんってなっている気がする。現にいつも行動を示すのは私。一緒に帰りたいって言うのも会いたいって言うのも。
自分が望んだことなのだから不満になんて思うはずないのに、はじめくんとの温度差を感じ始めていた。

考えてみたら、はじめくんから好きだなんて言われたこともない。告白したときでさえも。
当初の考えと矛盾してるのはわかってる。けど、試してみたくなったんだ。



▼▼▼

来週の日曜日、部活が休みなことは知っていた。でも私は敢えてはじめくんを誘わない。はじめくんから誘ってもらえるともあまり期待はしてない。
だから私はここで仕掛けることにした。

「はじめくん、私来週の日曜日……クラスの友達と出かけてくるね」

「…友達……」

私が来週の日曜日、と言ったあと少しだけはじめくんが反応したのか顔を上げた。もしかして私が日曜日はじめくんとどこか行きたいとか言い出すのを待っていたんじゃないかと思うと、次の言葉を発するのに躊躇いが生じた。
だけど、もっと決定的なところが見たい。だからごめんね?

「それは、……男もいるのか?」

はじめくんの瞳が戸惑うように左右に揺れたあと、じっと私を見つめてくる。
少しは気にしてくれるの?男子がいたら嫌だなとか思ってくれるのかな?
日曜日は男女数人で行く予定だ。そこには私のことを好きだと以前告白してきた男子もいる。もちろんはじめくんがいたから断っていたけど、今も普通の友達として接していた。
だからその男子がいるからって、どうこうなるつもりは毛頭ないのだけれど。

「うん、いるよ」

「……そうか。気をつけて、行ってこい」

はじめくんはぽんと私の肩を叩いた。
あっさり許可が出て本来なら嬉しいはずなのに、今の私には全然嬉しくない。
行くな行くなって束縛みたいにはされたくはないけど、ちょっとは行くなって思ってほしいのが女心。ほんとに面倒くさい。
こうなったら開き直って気合入れてオシャレして楽しんでやる。



▼▼▼

日曜日。
クラスの男女数人で遊びに行った。楽しくないわけじゃない。ないんだけど、私は何をしてるんだろうって気になるのはなんでだろう。
忙しい部活が今日は休みのはじめくんは、今何してるんだろうとかスマホがメッセージ受信を鳴らす度にはじめくんからじゃないかとか、ずっと頭の中からはじめくんのことが離れない。
こんなことなら意地張らずに、はじめくんと過ごせばよかったなぁと今更ながらため息が漏れた。

「何暗い顔してんだ?」

「え?…あーううん、なんでもない。……あれ?他の人は?」

以前告白されて断り、今は友達として元に戻った男子が話しかけてきた。
それはそうと、今ここに私と彼しかいない状況になっていた。周りを見渡してもやっぱりいない。どこに行っちゃったんだろう?

「あー、先に次行くとこ向かったよ」

「えっそうなの?ごめん、私たちも行こう」

私がぼーっとしてる間にみんな他の場所に行ってしまったらしい。
じゃあ行こうぜ、と言う背中についていった。




▼▼▼

「やっ、めて!離してっ」

迂闊だった。この男の口数が少なくなるに連れて、私のはじめを考える時間が増えていて気付かなかった。
ここがそういうことをするホテルが建ち並ぶところだってことに。
完全に騙された。油断した。友達に戻れたと思ったのは私だけだったのかもしれない。

私は右手首を引っ張られ、1軒のホテルに連れ込まれそうになっていた。どんなに抵抗しても男と女の力の差というのをまざまざと見せつけられるように、徐々にホテルの入口へと引き込まれていく。

「黙ってついてきたくせに今更何言ってんだよ…!」

「それは違っ」

はじめくんのことを考えてて。けどそれを今言ったら逆効果な気がする。

「青八木なんか付き合っててもつまんねぇだろ。暗いし喋んねぇし。どこがいいんだよ、あんな奴」

この男は私の地雷を踏んだ。
はじめくんの何を知ってるの?私だってはじめくんの全てを知ることはできないし、確かにうわべだけ見たらそうかもしれない。
けど私ははじめくんといるのが幸せだった。好きって言ってもらいたいと思ってるけど、好きじゃなきゃしないだろうってこともしてくれてた。
ただの欲張りだったのかもしれない。自己満だったのかもしれない。
自分の溢れる想いと相まって、鼻の奥がツンとすると視界がぐにゃりと曲がった。


「………その手を、離せ」

私の手首を握っていた男の手首を、違う誰かが掴んだ。
キャップを深く被って両側の輪郭を辿るように流れる金髪。その後ろには両耳が見える。
誰か、なんて訊くまでもない。でもいるはずもない。なのに私は確信を持って言える。

「はじめ…くん」

「っ、はぁ!?青八木、か!?」

キャップを少し上げたはじめくんが男の手を掴みながら睨んでいる。静かな闘争心を燃やすかのようだったけど、効果音をつけるならばゴゴゴゴゴ、だ。そのくらい気迫のある目だった。目は口ほどに物を言うとはこういうことなんじゃないかと思う。
たじろいだ男ははじめくんの気迫に圧倒されて、私を掴んでいた手の力を緩めた。

「名前から手を引け。…オレの…大事な人、だから」

初めて見た、はじめくんの強い意思表示だった。同時にそれは愛情表示でもあった。



▼▼▼

解放された私ははじめくんに手を引かれながらそのあとをついて歩いていた。
珍しく自分勝手で足早に歩くはじめくんに、少し小走りになりながらその背中に話しかける。

「あの、どうしてここに?」

「………………」

「お、…怒ってる、の?」

「………………」

「それ、変装…?…っぶ!」

はじめくんがいきなり止まるから、私は小走りのまま背中に突っ込んでしまった。硬い背中にぶつけた鼻をさすると、はじめくんが身体ごと振り返ってキャップのつばを持ち深く被り直した。
と、思ったらそれを剥ぎ取り、私に被せてくる。
狭まった視界から見えたのは髪を軽くまとめたはじめくんだった。

「…怒ってる。気をつけてって、言ったのに」

「ご…ごめんなさい」

「簡単に触られないで」

「…う、反省します」

…………ん?
これはもしや…ヤキモチというやつでは……?

キャップのつばからはじめくんを見上げると、頬を赤くして右手の甲で左頬を何度も擦るようにしていた。

なんだ、不安になることなんてなかった。はじめくんの気持ちを確かめたいなんて思う必要なかったのかもしれない。

「…純太に言われた。たまには、言葉にすることも重要だ、って」

はじめくんは私の手を握り直し、再び歩き出した。けど歩調はさっきよりも穏やかで私に合わせるようだった。

連れられてきたのははじめくんの家だった。まだ入ったことが一度もなくて、緊張気味に玄関に足を踏み入れた。このままご両親とも会ったらどうしようと更なる緊張が私を挙動不審にさせる。
はじめくんは玄関の鍵を閉めると、私の両手首をそこに縫いつけた。

「はじめ…く、」

「……好きだ。ずっと名前が好きだった。告白、される前から」

驚きと共に目を見開くと、はじめくんは逆に目を細めた。
私の身体にはじめくんの体温が重なって、唇を塞がれるまで時間はかからなかった。

「んっ…ふ、」

唇が離れると、今度は私の右手首をべろりと舐め上げた。ぞわぞわっと何かが背中を通った感覚がする。

「消毒…」

「え……?」

「さっき、あいつに触られた」

それはホテルの前でのあのことを言ってるのだろうか。

はじめくんの雰囲気がいつもと全然違う。そこには穏やかな雰囲気なんて微塵もない。今はただ、狩りをする前の動物のようなピリピリした空気。
それでも嫌じゃないと思うのは、この姿もはじめくんだからだと思う。
肉食系男子は苦手だったはずなのに、結局私ははじめくんならどちらでもよかったのかもしれない。

「あ…あの…」

「純太に、言われたから。もう我慢は、しない」

手嶋くんに言われたのは言葉にすることも重要だってことじゃなかったっけ?
そう思いながら、逃がさないと言わんばかりの力で家の奥へと連れて行かれた。




End



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