友達卒業式
まだ一緒にいられると思ってた。
だからこの気持ちは封じたままでもいいと思ってた。
そうやって後回しにしていた。
そして中3の3学期、突然引っ越しの話を聞いた。
鳴子章吉はバカだしお調子ものだけど、いざというときには頼りになるし優しいんだ。
それを知ったとき、友達よりも一歩先へ進みたいという私の欲が湧いた。
鳴子の特別になりたい、と。
けどそれももう終わる。
私には確実にタイムリミットが迫っていた。
いきなりすぎて心の準備なんか出来ていない。
結局仲のいい友達の1人というポジションにいた。
そんなことは言い訳でとっくに鳴子への気持ちは気付いていたんだから、さっさと告白でもすればいいものをただ臆病だっただけだ。
自分が傷つくのが怖くて、この関係が終わってしまうのが怖くて踏み出せないままでいた。
▼▼▼
そうしている間に刻一刻と当たり前の日常が過ぎていき、今日は卒業式だ。
普段制服を着崩している人も今日ばかりはきっちりしているし胸元には赤い花のコサージュをピンで止めている。
嫌でもいつもと違う雰囲気に、『卒業』を意識させられた。
「卒業生入場」という声と共に担任が生徒を引き連れて壁一面に紅白幕が垂れ下がった体育館を歩く。
すでに保護者や在校生が座っていて、前列には3年生の分のパイプ椅子がずらりと並んでいた。
鳴子がどこにいるのか、なんてこの大勢の中でもわかる。
一際目立った赤頭。
卒業式にまで鳴子のことを追ってしまう自分に嫌気がさす。
それとも卒業式だから、だろうか。
最後だから。
正直高校なんて楽しみでもない。
そこに鳴子がいないならどこの高校でも一緒なんだ。
長い校長の話や在校生、卒業生の祝辞、答辞を終えて卒業証書授与、そして校歌斉唱など滞りなく卒業式が終わった。
そして解散のとき。
教室で写真を撮ったり、部活の後輩たちと会ったりそれぞれが別れを惜しんでいた。
けど鳴子の姿が見えなかった。
引っ越しとかがあるから早々に帰ったのか、どこかで誰かといるのかわからなかったけど、このまま鳴子を見ずに帰った方がいいのかもしれない。
会ったらきっと離れ難くなる。
なんとなくそんな気がしていた。
ブルブルと震えるスマホ。
制服のポケットから取り出すと、画面には「鳴子章吉」の文字。
電話が鳴っていた。
出るか出ないか迷った挙句、好きな気持ちに逆らえなくて震える指は通話のボタンをタップした。
「もしも、」
『名前!』
思ったよりも鳴子の声が響いてスマホを少し遠ざけた。
「鳴子?」
鳴子だとわかっているのにわざわざ確認のように名前を呼んだ。
『今から体育館に来たってや!今すぐやで!』
「ちょ、鳴」
ブツン。
それだけで電話は切られた。
えー…何?
さっき卒業式終わったばっかじゃん。
なんのために体育館なんか。
そう思うのに足は素直に卒業式が終わっている体育館に向いていた。
閉められた体育館のドアノブをまわして開くと、先程までいた光景が広がっていたが明らかに違うのはそこに誰もいないということ。
卒業式っぽい音楽も流れてなければ、在校生も保護者も教師もいない。
ただ使われていた椅子が大量にあるだけだった。
「鳴子…?」
中に入って辺りを見回すが、鳴子すらいない。
また鳴子のお調子者が発揮されただけなんだろうか?
ホンマに行ったんか!アホやなぁ。カッカッカッ。
とかね。鳴子ならありえる。
「鳴子!!」
もう一度だけ今度は大声を上げて呼んでみる。
誰もいない体育館は私の声が響いた。
…げ。ほんとに騙されたみたい。
戻ろうとしたとき、「ちょお待てや!」と私以上に大声が聞こえる。
それもそのはず、生の声が聞こえたんじゃない。
体育館のスピーカーから聞こえてきた。
振り返ると壇上に滑り込むようにして鳴子が現れた。
手にはマイクを持っている。
それを校長や祝辞、答辞で使った立派な講演台にセットする。
「苗字名前!」
鳴子にフルネームを呼ばれる。
「返事したれ!」
「は、はい…」
「卒業式なんやからもっと腹から声出すんや!」
いや、卒業式はもう終わったじゃん。
なのに鳴子は講演台の前から動こうとしない。
もう、なんなの!?
いいよ、最後にこのよくわかんない茶番に付き合ってあげればいいんでしょ!?
「はい!」
鳴子は満足そうにニカッと笑うと手招きした。
はいはい。
私は誰も座ってない椅子の間を通り抜け、備えつけられた階段を登りステージ上の講演台の前に立つ。
「……ねぇ、どういうこと?何してるの?」
「まあ聞けや」
鳴子は咳払いをすると私をじっと見る。
首を傾げると鳴子は何かA4サイズくらいの画用紙を横にして出した。
「卒業証書、苗字名前殿」
「………え?」
「えーあなたは…あなたはぁ?」
鳴子が画用紙越しにチラチラとこちらを見てくる。
私はそんな鳴子を講演台を通して棒立ちで見ることしかできない。
「…ッ、ワイの友達過程を修了したことを証します!」
鳴子がちょっとだけ恥ずかしそうにその画用紙を私の方に差し出した。
それはもちろん全て手書きで書かれた鳴子流の卒業証書。
何がなんだかわからないけど、私に向かってそれは差し出されているので卒業証書を受け取るようにその画用紙に両手を添えた。
二度目の卒業証書授与を終え、ずっと疑問に思っていたことを鳴子にぶつける。
「…………で、何?」
鳴子は何度か瞬きを繰り返して身体を仰け反りながら両手で赤頭を掻きむしる。
「かーーっ!伝わっとらんのかい!」
「いや、これで伝わる方がすごいって」
俯きながら講演台に手をつく鳴子がいきなり顔を上げた。
「…名前は友達終わりってことやないかい!」
「何?高校が遠いからって友達辞めるって言いたいの!?」
鳴子の言い方にちょっとカチンときて言い返す。
「ワイが友達じゃ足りんからやろ!」
「……………はい?」
「あー鈍感やなほんまに!名前に彼女になってほしいゆうことやないかい!………あ」
「え……?」
鳴子のあ、と私のえ、の声が被る。
もらった卒業証書を見てから鳴子を見ると、髪の毛と同化するんじゃないかってくらい真っ赤な顔をしていた。
思わずぷっと吹き出してしまう。
「笑うとか悪趣味やろ!」
「だって、その顔派手な鳴子にぴったりだからっ、ふふっ」
お腹を押さえながらひと通り笑い終えたところで、鳴子に向き直る。
「でも高校離れ離れだよ?付き合うとかできるの?」
「それワイに言っとるんか?ワイは自転車と友達……それから彼女をこよなく愛する男やで!」
鳴子は自信満々に親指で自分をさし、八重歯がキラリと光った。
End