「…シンドバッドは馬鹿ですから、少し味を濃くしてやれば満足するでしょう」
「人の主人を馬鹿とか言うな」
「貴方はいつも言っているじゃないですか」
「俺はいい」

 …というわけで、私はジャーファルさんに料理を教えるために、昼食を作ることになったのである。私は袖を捲って紐で縛り、一応髪も後ろでくくっている。ジャーファルさんはそんな私を怪訝そうな目で見ながら、「料理なんて出来たのか」と呟いた。

「できますよ。私は食べたことがありませんが、祖父にもシンドバッドにも不味いと言われた事は無いので、味も悪くはないのでしょう」

 そう言って食材を適当に見繕い、籠から取り出す。そうしてジャーファルさんに包丁を渡した。

「はい、やってみてください」
「……は?」

 きょとん、と私を見るジャーファルさんを見返して、私は瞬いた。「何か?」と問えば、彼は「何か、じゃないだろ!」と眉を吊り上げて私を睨む。

「何も言わずにやってみろって…何をしたらいいんだよ!」
「…ですから言ったでしょう。シンドバッドは馬鹿ですから、味を濃くして出せばいいのです」
「…それだけ?」
「ええ、それだけですよ。マスルールくんは何故か期待してしまっているようなので、私が何か適当に作りますが、その他はいつものやり方で結構です」

 私はそう言って、ジャーファルさんに渡した包丁より一回り小さい包丁を握る。ジャーファルさんは納得がいかない顔ながらも、手早く野菜を切って火をおこした。流石に刃物の扱いには手馴れているらしく、無駄がない。

「シンドバッドがぶつぶつ言いそうなので、炒めものにでもしたらいかがでしょうか」
「…わかった」

 私の言葉に素直に頷いたジャーファルさんが、温めた鍋に油をひいて、野菜を入れる。じゃあ、と音と湯気が上がり、ジャーファルさんが鍋を揺すって野菜を油と馴染ませた。手際は私が教えるまでもなく、それどころかジャーファルさんの方がずっと手馴れているのだ。私は溜息をついて、魚の鱗を剥ぐ。
 ふっと、ジャーファルさんが調味料の棚に手を伸ばして、野菜に塩を振った。……その量、一つまみである。彼が今炒めている野菜の量に比べて、あまりに少なすぎる量であった。

「……足りなくないですか」

 私が言うと、彼は首を傾げて、塩を足す。今度は、一つまみにも満たない量だ。私が見かねて、小さな匙で掬った塩を足すと、彼は驚いたような目で私を見た。

「…多い」
「一般的にはこれが普通です。もちろん私は実際に見たことがありませんから、書物の中での一般、という意味ですが」

 ほら炒めて、と私が言う。彼の手が止まってしばらく経っていたので、鍋からは少し焦げ臭いにおいがしはじめていた。

「多いなというくらいで丁度いいのです。もちろん多過ぎるのもいただけませんが、ジャーファルさんは少なすぎるので」
「……、」

 ジャーファルさんは黙って、私の言葉を聞いていた。私はもう大丈夫だろうと彼から目を離して、魚をおろしていく。私の腕力ではかなり難儀な作業で、時々引っ掛かりながらも何とか刃を進める。

「…もっと力を入れたらいいだろ」

 という声と一緒に、ぐいっと包丁に力が入る。見れば、ジャーファルさんが私の手に右手を添えて、一緒に魚をおろしてくれていた。ぱちくりと瞬く私を彼が見て、手元を見ろとだけ言う。そのまま、私はジャーファルさんが私の手を使って魚を綺麗に三枚におろすのをただ見ていた。
 いつの間にか彼が作っていた炒めものは綺麗に大皿に盛られて、鍋の火も消されている。

「……あんたの教え方は、なんかこそばゆいんだ」

 顔を顰めてそう言ったジャーファルさんの顔を見上げて、私はただひとつ瞬く。彼は不機嫌そうな顔で、「でもなんだか、嫌いじゃない」と続けた。私は何だかそれが嬉しくて、つい頬を緩めてしまった。ジャーファルさんはばつが悪そうに私を見る。

「……何だ」
「いえ。…ただ、完全に嫌われていたわけではないんだな、と思いまして」

 ジャーファルさんは私の答えに苦虫を噛み潰したような顔をして、答える事はなかった。





「どうだ、シン?」
「…美味い。うん、美味いんだ。美味いんだが…」
「だが?」
「何故マスルールの料理の方が手が込んでいるんだ…!愛か、愛の差なのか!」
「気持ち悪いこと言うな!あっちはシルディアが作ったってだけだ!」

「美味しいですか、マスルールくん」
「はい」
「それは良かった。…ほら、お弁当ついてますよ。もっとゆっくり食べなさい」
「…シルディアさん」
「はい?」
「また、作ってくださいね」
「……体調のいい日だけですよ」


よくできました




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