「まともなものが喰いたい」 「はぁ?」 盛大な溜息をついて、シンドバッドが言う。それに応じたジャーファルさんは、鼻頭に皺を寄せて、面白くなさそうな顔。料理の一切を取り仕切っているのは彼であり、やはりその料理に文句をつけられては面白くないだろう。 今日は割合調子が良かったので、私は珍しく食堂でシンドバッドたちと一緒に朝食をとっていた。水を多めにした粥を匙で掬って食べながら、私は事の成り行きを見守ることにする。 「パンに目玉焼きに焼いた豚肉、野菜のスープまでついてるんだから、十分まともだ」 「メニューに文句をつけたいわけじゃないんだ!味が!薄いんだよ!!」 と。シンドバッドが力いっぱい叫ぶ。力説である。冒険家として粗食には慣れているはずだが、そんなに薄いのかと私は隣に座るマスルールくんを見た。むぐむぐと肉を咀嚼していた彼は、私の視線の意味を汲んだのか、力強く頷く。ファナリスは味覚も鋭敏なのかは知らないが、どちらにしろやはり薄味らしい。 私はほとんど粥と、少しの野菜や果物を食べて食い繋いでいるので、ジャーファルさんの料理が薄味かどうかは分からないのだ。 「大体、あんたの好みがおかしいんだ!あんたの好きなバルバッド料理なんてな、味も匂いもきつすぎて毒が入ってても分からないだろ!」 「喰いもんに毒が入ってるかもしれないから薄味、という殺伐とした発想を今すぐ捨てなさい!香辛料たっぷりのバルバッド料理が食えないなんて人生半分損してるぞ!」 「そんな一地方の料理なんかに人生の半分占められてるあんたの方が大分色々損してるって気付かないのか!?」 ぎゃいぎゃいと騒ぐシンドバッドとジャーファルさんを横目に、私とマスルールくんは黙々と朝食を咀嚼、嚥下。私が食後の薬を水で流しこむのと、マスルールくんがパンの最後の一口を飲み込むのはほとんど同時だった。2人で手を合わせてご馳走様をして、喧嘩中のジャーファルさんのお粗末様でした!を聞きながら厨房に戻すため食器をとかちゃかちゃと重ねる。とは言っても、私の使った食器は粥の器と匙、あとは水を入れていた茶器だけである。 「あ、シルディアさんの食器も持ちます」 「そうですか?ありがとう、割らないように気を付けてくださいね」 「はい」 「そうだシルディア!!」 そんなことを言っていた私とマスルールくんに、シンドバッドが目を向ける。やめろ、私を巻き込むな。そう言いたかったが、一応シンドバッドの声を聞いてやることにする。 「君、料理も出来ただろう!?昔は俺やじーさんに美味い料理を作ってくれたじゃないか!」 「人の祖父をじーさんとかいうぞんざいな呼称で呼ぶのはやめなさい。…レシピ通りに作るだけですが、それが何か?」 「ジャーファルに料理を教えてやってくれ!こいつ、出来ることと言ったら煮るか焼くかだけなんだ!肉もあんまり使ってくれないんだ!」 「肉なんか喰ったら体臭が強くなるだろ!」 「だからお前は早くその暗殺者向けの食生活をやめなさいっ!!」 「マスルールくんの読み書きに加えてジャーファルさんに料理も教えろと?どれだけこの虚弱な体を酷使するんですかお前は」 そう言って私はしっしっと手で払うように彼の提案を却下する。しかし、ぐいっと袖を引かれて、そのジェスチャーは途中で止められてしまった。袖を引っ張る腕を辿っていくと、マスルールくんの切れ長の目とかちあう。その顔は無表情ながらも期待に満ちていて、私は俄かに「これは拙いな」と直感する。 「……シルディアさんの料理、食いたいです」 心なしかきらきらとした目で言われて、私は頭を抱えた。 やってみましょう |