「ジャーファルさんが探していましたが」
「俺は眠いんだシルディア、ちょっと寝かせてくれないか?」
「…お前は本当に人の言うことを聞きませんね。ジャーファルさんが探していました、と言っているのですが?」

 ごろごろうだうだ、と私の寝台に寝転がる大柄な男の頭を、私はぺしりと叩いた。あいて、という声が上がる。痛くなどないくせに、と私はくさくさした気分になって、窓の外に視線を投げた。
 ここ数日、シンドバッドはジャーファルさんから逃げ回ってばかりなのだという。ジャーファルさんも大変そうだし、ここは私が一肌脱ぐしかないではないか。

「どうしてそう逃げるのです。今まではきちんと家の事をやってくれていたでしょう」
「…ん?うーん……ジャーファルがな、今回初めて屋敷の掃除に参加したんだが…」

 凝り性なんだ、とシンドバッドが言う。私が視線だけで先を促すと、彼は眉尻を下げて困り顔。これは苦虫を噛み潰したような、とでも言うのだろうか。

「物置部屋の隅、本当に隅だぞ?埃が積もっていようものなら、指でこう、つつーっとな、なぞるんだ。そうして『シン、ここにこんなに埃があるんだけど。あんたは目をつぶって掃除をしているのか?』なんて言うんだ!」

 嫁姑活劇の姑か!とよくわからない突っ込みを入れるシンドバッドにひとつ瞬きをして、私は姑とはそういうものなのか、と思案した。言葉の意味としては知っていても、それ以上の事は知らないのだ。私は、書物の中の世界としてしか世の中を知らない。私の世界は、本と、この屋敷の中と、シンドバッドと、彼が連れてくる旅の仲間。これで終わりだ。今回はジャーファルさんとマスルールくんとで3人の訪問だったが、イムチャック人の大男を連れてこられたときは客間の寝台を3つ繋いでギリギリ横になれる、という事態に頭を抱えたものである。

「あいつもさ、『こんなに埃を残して、もしシルディアが吸ったりしたらどうするんだ?また咳が止まらなくなるだろう!』って。シルディアは寝室からほとんど出ないから、寝室と厨房、厠、あと廊下の掃除をしておけば大丈夫だって言ったんだがな…」

 あいつも心配性だから、と言って、シンドバッドはまたうだうだと寝台に顔を埋めた。私は首を傾げる。ジャーファルさんは私が嫌いだと言っていた筈なのに、そんなことを言っていたのか。世話焼きというのも、なかなかに厄介な性分らしい。
 私も最低限の掃除くらいはしているのだが、この広い屋敷全部は手が回らないので、私の生活区域以外の部屋は全て廃墟化しているのである。彼らも大変だろうとは思うが、時々手を入れなければ老朽化して大変なことになってしまう。彼らには衣食住(衣は微妙だが)を提供しているのだから、それくらいの協力はあってしかるべきだ。
 私がそんなことを考えていると、シンドバッドはまた「そうそう」と言ってがばりと頭を上げた。先ほどから彼ばかりが話す構図になっているが、彼が話して私が黙って聞く、というのはいつものことだ。そもそも私は何か話すことがあるほど変化にとんだ日々を送っていない。シンドバッドもそれを慮ってか、いつも私に色々な話を聞かせる。

「マスルールはどうだ?結構長い時間ここに籠って練習をしているようだが」
「…ああ、彼ですか。なかなか熱心ですよ」
「熱心?あいつがか?」

 怪訝そうな顔で私を見るシンドバッドに、こくりとひとつ頷いた。何ですかおかしな顔をして、と尋ねれば、彼はしきりに首を傾げてから、ははぁ…とにやついて私を見た。

「随分懐かれたなぁ、君も」

 くつくつと笑うシンドバッドに、私は目を眇める。
 彼が言うには、マスルールくんは何かを練習するのがあまり好きではないらしい。剣の練習もサボっているらしいし、ここにたどり着く前にジャーファルさんが教えていた読み書きの練習にもあまり熱心ではなかったらしい。たまたま私の教え方が肌にあっただけではと思ったが、シンドバッドに一笑に付されてしまった。
 シンドバッドはひとしきり笑った後で笑いをおさめて、私の右手を持ち上げて掌を自分の頭に乗せた。ちょうど、私が彼の頭を撫でているような格好になる。

「なんだか少し悔しいな、君が2人にとられるようで」
「…私はもともと、お前のものではありませんが」

 シンドバッドは苦笑し、「だってジャーファルもマスルールも、君にあんまり懐くものだから」と言った。私は首を傾げて、そんなわけはないでしょうと返す。マスルールくんはそういった感がなくもなかったが、ジャーファルさんはしっかりと私を嫌いだと明言しているのだ。そんな彼が、まさか私に懐くわけもあるまいに。

「そんなことないさ、ジャーファルもマスルールも、随分と君のことが好き――」
「シンッ!!」

 ばぁん、と。部屋の扉が乱暴に開いて、憤慨した様子のジャーファルさんが乗り込んでくる。その後ろからは、紙の束とペンを抱えたマスルールくんが入ってきた。

「あんた掃除サボってこんなとこで…しかも今、何を言おうとしやがった!!」
「痛、痛い痛い痛い痛い!ジャーファルくん髪!髪抜けちゃうから!」
「うるさいハゲ!」

 俺まだハゲてない!とべそをかくシンドバッドを、顔を真っ赤に染めたジャーファルさんが寝台から引きずり下ろす。随分怒っているのだなぁと彼を眺めていたら、ふと私の視線に気付いたらしく、耳まで真っ赤になったジャーファルさんに「こっちを見るな!」と怒鳴られてしまった。これは随分嫌われている。
 ぷりぷりと怒りながらシンドバッドを引きずって行ったジャーファルさんが扉を閉めて、部屋には私とマスルールくんだけが残った。

「じゃあマスルールくん、練習を始めましょうか」
「……」
「マスルールくん?」

 返事がない事を訝しんで、私は彼を見る。いつも無口だが、彼は一応返事くらいはするのだ。そうして視線を向けた先の彼は、ぶすくれて頬を膨らませていた。

「……マスルールくん、どうしました」

 私が尋ねると、マスルールくんはふるふると首を左右に振って、抱えていたものを投げ出して寝台に上がって来た。私は仰天して彼を見る。彼が寝台に足を上げるのは、本当に珍しい事だ。
 彼は無言で私の腹あたりに腕を回すと、ぎゅうっと胸に頭を押し付けてきた。大分手加減はされているのだろうが、ファナリスの膂力で抱きしめられるとやはり痛い。しかしここは何も言わないのが吉だろうと判断して、私は彼の頭をよしよしと撫でた。

「……シルディアさん、骨ばってて硬いッスね」
「……黙りなさい。これでも気にしているんですよ、肋骨浮いてるの」


甘えたさん




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