「あれからマスルールが数週間ごとに『次はいつシルディアさんのとこ行きますか』って聞いてきたのはそのせいか…」
「はい、そんなことがありました」

 私がマスルールくんと初めて会ってから数年後、何年かぶりに1人で屋敷を訪れたシンドバッドは、持参した葡萄酒を一口飲んで苦笑した。そろそろ中庭の雑草が大変なことになってきた頃だったからある程度の働き手が欲しかったのだが、厚意を受けている立場でそんなことは言うまい。
 そんな雑草の生い茂る中庭で、私とシンドバッドは向かい合って茶を喫していた。むろん茶を飲んでいるのは私のみであるが。

「あの時ほど自分が小狡い女だと自覚したことはありませんでしたね」
「ほう、何故?」
「…言わせる気ですか、お前も悪趣味ですね」

 楽しそうに訪ねてきたシンドバッドを睨むが、悪戯っぽく笑う彼は気にする様子もない。私は溜息を吐いて、相手の好意に付け込んで縛り付けるのは狡いでしょう、とだけ言った。

「そうか?好きな相手に縛られるのなら幸せだと、俺は思うがなぁ」

 シンドバッドが笑う。私は苦い顔。一口茶を飲んで、喉を潤した。

「で?」

 私が彼を見ると、シンドバッドは「で、とは?」と眉尻を下げて私を見た。この顔は、私が何を聞きたいかを知っている顔である。

「ただ私と話しながら酒を飲むために、1人でここまで来たわけでもないでしょう。何か用があるなら率直に言いなさい」
「…君の察しの良い所は好きだよ。話しやすいし、自分の半身とでも話している心地だ」
「御託はいいですから」

 私の表情に、さらに苦い成分が加味された。シンドバッドは正しいが、その分強引な男だ。その半身とは、あまり私にとって嬉しい評価ではない。私は多少卑屈でも慎ましく生きていきたいというのに。
 シンドバッドはそんな私に快活に笑って、ぐいっと葡萄酒を飲み干した。そんな飲み方をしたらまた…と、ジャーファルさんのような文句が口をついて出そうになるが、寸でのところで飲み込む。シンドバッドの目が、先ほどとは異なった真摯な光を宿していたからだ。

「今度な…国を、作るんだ」
「……は?」

 と。私は素っ頓狂な声を上げて彼を見返してしまった。訳が分からない。
 どういうことですか、と聞くと、予想していた反応だったのか、彼はうんと頷いて説明を始める。

「極南の絶海の孤島を、俺と仲間たちとで切り開いたんだ。まだ住める場所は小さいが、いずれは島全体を都市国家として繁栄させたいと思ってる」

 と、彼は言う。私はその途方もない話に、ただ感嘆の溜息を吐くしか出来なかった。俺は、と彼が言葉を嗣ぐ。

「旅をしていく中で、沢山の不条理と出会った。生きたいのに生きられない者、自由を許されない者、死を願う者、……そして、君のように生きているとは言い難い苦痛の中で、懸命に生きている者」
「……」
「俺は、そんな人々のための国を作りたいんだ」

 彼の言葉に、私は瞬く。その眼差しは、どこまでも真摯だ。私はそれを見ながら、ああ繋がれている、とぼんやり考える。私が束縛に気付いていることを、彼もまた知っているのだろう。それを知って、私が自ら鎖に捕われるようにしているのだ。

「……貴方は、とても狡い人ですね」

 と。私が言う。私が彼を呼ぶ呼び方が変わったことに気が付いたらしい彼が、悲しそうに微笑んだ。私はそれを見ないふりをして、彼に視線を投げた。

「貴方に忠誠を誓いましょう、シンドバッド様」

 そうして私は、静かに頭を垂れたのである。


変わってみましょう




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