ある日の昼下がり、シンドリア国王の執務室。
シンドバッド様は退屈そうに執務机に頬杖をついて、王の調印を待つ書類を届けに来た私を見た。

「退屈だなぁシルディア、こんな天気のいい日は市の様子でも見に行きたいと思わないか」
「思いませんね。こちらの書類の束もよろしくお願いします」

と言って、積んでおいた資料の書物を持ちあげようとした、瞬間。
ごぐっ、と。私の右肩から、嫌な音がした。

「……」
「……」

目を丸くして私を見詰めるシンドバッド様と、顔を顰めてシンドバッド様を見詰める私の間に、沈黙。

「…またか」
「…またですね」

私の右肩には脱臼癖があり、それをシンドバッド様も知っている。何か重いものを変な感じに持ってしまうと、すぐに関節が外れてしまうのだ。
肩にずきずきとした痛みを感じながらも、私は資料を置き直して姿勢を戻した。ぶらりと垂れ下がる右腕。
私とシンドバッド様は頷きあい、嫌な予感がした私は一歩後退、シンドバッド様は生き生きとした笑顔で立ち上がった。

「よし俺が治してやろう!」
「いいですいりません結構ですやめてください!貴方には政務がありますし、私は侍医の所に行って治してもらいますから!」
「遠慮するなってほら、ここに座りなさいシルディア!」

必死で逃げようとするが、私の脚では到底シンドバッド様から逃げることは出来ずに、ひょいと彼に持ち上げられてしまった。そのままとすんと執務机に座らされて、シンドバッド様に右腕をとられる。

「嫌ですいやいや、貴方すごく痛いんですもの!」
「ははっ、まだ慣れないのか?昔からこればっかりは嫌がるからなぁ。ほら、俺の服でも噛んでおきなさい」
「やめろとっ……、――――――ッ!!!!」

シンドバッド様が、私の頭を自分の肩口に押し付けて、両腕に力を込めた。ごりっ、と肩の関節が嵌め直されて、激痛。私は思わず目の前の布、彼の服を噛んでしまう。
痛い、痛い、痛い。じわりと涙が滲んで、体中に力が入る。涙腺が緩む。痛い。

「……っ、…!」
「ああ、っと。泣くな泣くな。ほらもう痛くないだろう?」

一度泣きはじめるともう止まらなくて、私はえぐえぐと泣きじゃくってしまう。シンドバッド様の手が私の頭を撫でて、よしよしとあやした。それが恥ずかしくて、私は彼の手を振り払おうとする。

「ちょ、やめてくださっ…」
「シルディアは良い子だな、よく我慢したなー、よしよし」
「っ、いい加減に…!」

どごぉぉおん、と。
執務室の壁から、轟音。
私とシンドバッド様は驚いて互いの顔を見合わせて、それから音のした壁を見た。
もうもうと上がる煙の中で、ゆらりと長身が立ち上がる。

「…………シンさん、シルディアさんに、なにやってるんスか」

と。執務室の壁を蹴り破って登場したマスルールくんに、私の思考回路が止まった。
事情を知らないマスルールくんに、今までの会話がどう聞こえたかとか、今の状況がどう見えるかとか、そんなことはどうでもいい。
あの壁治すのにいくらかかると思ってるんだとか、マスルールくん何でそんなに怒ってるんですかとか、言いたいことも沢山あった。しかしもう、現実を見たくない。

「えっ、ちょっと待てマスルール!君は何か誤解をしてっ…」
「金剛鎧甲…!」
「マスルールぅぅぅううぅぅうぅぅうう!!!!」

私の意識は、マスルールくんが蹴り破った壁の向こうの、突き抜けるような青空に向かっていた。
ああ、多分ジャーファルさん怒るんだろうなぁ。そんなことをふと考えたら、ちょっと人里離れた実家に帰りたくなった。
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