「…というわけで、難民の受け入れに伴い、登録された者には資金援助をいたします」
「……シルディア」
「内訳ですが、先程お渡しした資料をご覧いただければと思います。炊き出し費用と人件費が主なものですね。ここまで困窮すると毎日でも南海生物に来てほしいところではありますが」
「……おいシルディア」
「ジャーファルさんからも進言があったと思いますが、これ以上難民を受け入れるようなら新しい資金捻出法を考えなければ…」
「シルディア!」
「…何でしょうか、シンドバッド様」

何度かの呼び掛けで、私は顔を上げてシンドバッド様を見た。手元の資料を見よと言ったばかりなのに、彼は既にその資料を机の脇に追いやっている。その内訳にはジャーファルさんと話し合いを重ねて一晩をかけたというのに、何ということだろうか。
シンドバッド様は忙しなく私と私の背後を見比べて、いそいそと指を組む。私が折角大事な話をしているのに、そんなに落ち着かない態度で聞かれては堪らない。私は注意を促そうと口を開きかけて、しかし当のシンドバッド様の言葉に台詞を遮られてしまった。言葉を得られなかった唇が、はくりと空しい音をあげる。

「…その、だな。何とかならないものだろうか」
「何がですか」

おずおずと話し出すシンドバッド様に、私はぱちくりと瞬く。彼にしては珍しく歯切れの悪い様子に、何だかこちらの方が居心地が悪くなってしまう。シンドバッド様は、いやぁ、だのそのぉ、だのと言葉を濁してから、決まり悪そうに私を見て、言った。

「…その、背後から君の首筋に顔を埋めている――――マスルールを」

シンドバッド様の苦笑い。
私はそう言われて初めて、自分の背後に意識を向ける。正直彼があまりに自然に私のうなじ辺りに顔を持ってきたものだから、全く気にしていなかった。
身体を捻って上半身だけで振り向くと、私を見つめる切れ長の目と視線がぶつかる。件のマスルールくんである。

「…マスルールくん」
「はい」

ぱちくり。私が呼び掛けると、眠そうな目がひとつ瞬いた。

「君はもう大きいのですから、あまり甘えん坊さんではいけませんよ。めっ」

私が叱ると、マスルールくんはしばらくじいっと私を見つめたあとで、結局また私の首筋に顔を持っていく。やめろと叱った筈なのに、これは一体どういうことなのだ。

「……マスルールくん」
「嫌です」
「やじゃない。抱き付きたいならシンドバッド様に抱き付きなさい」
「シルディア、君は俺がマスルールに抱き付かれているところが見たいのか?」

嫌々と首を振るマスルールくんを叱っていると、今度はシンドバッド様から抗議があった。自分が何とかしなさいと言ったくせに、勝手なものだ。
しかし大の男が2人くっつきあっているところを、この暑いシンドリアで見たくはない。私は仕方ないと溜め息をついて、腰を屈めて私のうなじをすんすんと嗅ぐマスルールくんを見た。嗅ぐのやめろ。何だ、私の臭いがそんなに気になるのか。さっき昼食代わりにパパゴレッヤをかじったから、その臭いがするのかもしれない。

「……マスルールくん」
「はい」

すうっと、私の人差し指が少し離れた位置の床を示す。マスルールくんはじっと私を見ていて、そういう姿がいつも犬に似ていると思うのだ。

「おすわり」

ぶっふぉ!と、シンドバッド様が噴き出した音がした。
マスルールくんはと言えば、私の言葉に従って、のそのそとその位置に座る。正座である。彼も大概素直な男だなぁと思いながら、私は手の中の資料を持ち直した。しかし、シンドバッド様の方に向き直れば、彼は組んだ手の上に額を乗せるようにしてぷるぷると震えている。笑っているのだ。

「っ、…っ……!お、面白いなぁ君たちはっ…!」

笑いだしそうになりながらのシンドバッド様の言葉に、私は首を傾げた。笑われるような事を、私はしてしまったのだろうか。

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