紅明さまにくっついて軍議に行く時間まで、あと少しある。せっかくだから鍛錬場で剣でも振るっていこうと思い、そちら側に足を向ける。
鍛錬場の重い扉を開けると、兵たちの威勢の良い声が耳に飛び込んでくる。そんな中、わたしの耳は「げっ」という可愛らしい声を聞き咎めた。

「……うわっ」

その声につられてそちらを見て、わたしは俄かに後悔する。そこに居たのは、わたしを見て盛大に顔を顰めている、練紅覇さまだった。
紅覇さまはすたすたとわたしに歩み寄ってきて、鬱陶しげにわたしをじろじろと眺める。

「……何ですか」
「お前、何。ここって剣の鍛錬場なんだけど?」
「はあ?知ってますけど。何ってなんですか、剣の鍛錬しに来たに決まってんじゃねーですか」
「はっ、お前が剣ん?でっかい猿みたいに殴り掛かってくるしか脳がないのにかよ!」
「うっざ!紅覇さまうっざ!わたしだって剣の心得くらいあります!ぜってー紅覇さまより強いですよ!」

顔を合わせるなり罵り合いを始めたわたしと紅覇さまに、周りにいた兵士たちが一斉に青ざめる。まあ、本来なら女官如きが第三皇子にこんな口をきいて良い訳がないのだ。まあきくけど。紅覇さまうざいし。

「大体さ、ブスはブスらしく捨てられないように明兄に媚売っといたらぁ?こんなことしてる暇ないんじゃない?」
「ブスじゃねーですー!この間だって紅明さまに綺麗だって言われましたもん!」
「それって手の話でしょぉ?毎日聞かされて耳に胼胝ができそうなんだけど!」

紅覇さまに言われて、わたしはふと考える。わたし、そんなに話してたっけ?言われてみれば、昨日一緒にお菓子を食べた時も言った気がする。一昨日、廊下で行きあった時も。一昨々日、紅炎さまの書庫で鉢合わせした時も。
…やべぇ、そう言えばめっちゃ話してんな。
わたしがそう思って、紅覇さまに些か申し訳ない気分になっていると、しかし紅覇さまはその気持ちを一言でぶち壊した。

「まあ明兄もブスだから、お似合いかもしんないけどー?」
「…あ゙あ゙?」

はんっ、と鼻で笑いながら発された紅覇さまの言葉に、こめかみでぶちんっと何かが切れる音がした。

「……眷属器、」
「あははっ、やる気ぃ?僕の如意練刀の錆にしたげるよ!」

わたしが両手の手甲に魔力を注ぎ込むと、それに嬉しそうな顔で応じた紅覇さまが背中の大剣を抜く。
わたしの服の袖がざわりとはためき、紅覇さまの掲げた大剣の八芒星が光る。鍛錬場の空気が、凍りついた。

「…雪蘭!」

と。突然、横合いから名前を呼ばれる。ちょうど集中していた時だったので、魔力供給が途絶え、わたしの眷属器は瞬く間にただの手甲に戻ってしまった。

「軍議に遅れるだろう、遊んでいないで早く支度を」
「こ、紅明さま…」

いつの間にか鍛練場の入り口に立っていた紅明さまにそう叱られて、わたしはしょんぼりと肩を落とす。

「でも紅明さま、紅覇さまが紅明さまのことブスって…」
「あっ馬鹿雪蘭!明兄にチクんなよ!!」
「あーはいはい、私がブスでも何でもいいから早くしないか」

違うの明兄!ただの冗談なんだってば明兄のこと大好きだよー!なんて紅明さまに泣きつく紅覇さま。ざまぁ見そらせ。
わたしはそんなことを考えながら紅覇さまをふふんとせせら笑って、乱れた服の裾を直して紅明さまに付き従う。

「お前たちは仲が良いんだから、それなりの振る舞いをしなさい。会ったその都度喧嘩をしないこと」

溜め息混じりの紅明さまのお叱りに、わたしと紅覇さまは同時に項垂れた。

「だって、売り言葉に買い言葉でいつの間にかこうなっちゃうんですもん…」
「だって、雪蘭バカだし強いから喧嘩するの楽しいんだもん…」
「それ以上言い訳をするなら兄王様に叱っていただくが?」
「「ごめんなさい」」
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