「あー!紅明さま、またお髪をそんなにぼさぼさにして!」
「軍議が長引いて…」
「考え事しながら頭がりがり掻くからですよっ!普通一刻二刻長引いたくらいでそんなにはならないですって!」

ぼさぼさもっさりな髪の間から、紅明さまのどろりとした目がわたしを見る。その薄い瞼は半分閉じかけていて、多分眠いのだろうなあと思った。もう日が落ちてから大分経っている。
軍略の話になると時間を忘れるお方だから、夜中に幽鬼のような紅明さまが廊下を徘徊している、というのはよくあることだ。

「…雪蘭、ねむい」
「はいはい。お部屋にお連れしますから、ちゃんと歩いてくださいね。お疲れのようですから、今夜は夜伽もやめときましょう」

今にもばったり倒れて寝てしまいそうな紅明さまの手を引く。そうすると、のたのたとわたしに付いてくる紅明さま。子供を相手にしているようで、ちょっと可愛い。
ゆらゆらと揺れる手が扇を取り落としてしまいそうで、わたしは彼からやんわりとそれを預かった。大した抵抗もなくそれを渡してくる紅明さまは、大分危機感が足りない。いつかこういう風に金属器を奪われてしまいそうだなぁ、なんて思いながら、わたしは紅明さまのお部屋に向かった。

「雪蘭、」
「んぅ?」

ふと紅明さまに呼ばれて、わたしはきょとりと紅明さまを見る。足は止めない。既に歩き慣れた道程なので、前を見ずとも問題なく目的の部屋まで辿りつけるのだ。
紅明さまは自分の手を引くわたしの手をじっと見つめて、「小さいな」と呟いた。
確かにわたしの手は紅明さまのそれよりも大分小さい。成人男性の紅明さまと小柄なわたしでは、そんなのは当り前だ。何を今さら、と思いながら、わたしもつられて繋いだ手を見遣る。
ほの暗い夜の廊下でも白く浮かび上がって見える紅明さまの手は、するりと優美に細い。

「でも、紅明さまのがお綺麗な手をしていらっしゃいますよ」

わたしはそう言って、小さく笑った。
わたしの手はごつごつと節くれ立って、宮廷で働く他の女官のような綺麗なものではない。傷跡だらけのぼろぼろの手に、剣胼胝なんかが出来ているから、その醜さもひとしおだ。その辺の武官だって、もう少し綺麗な手をしているだろう。
紅明さまはわたしの言葉を噛み砕くように、ゆっくりと首を傾げた。眠気で頭が上手く働かないのだろう。いつの間にか、紅明さまの足は止まっていて、わたしもそれに合わせてそこに立ち止まる。

「紅明さま?」
「……綺麗だと思う」

と。そう言って、紅明さまはするりと、自分の指をわたしの五指に絡めた。紅明さまがぎゅっと手を握り込むと、わたしの手はすっぽりと包まれてしまう。
紅明さまはまた、わたしの手をしげしげと見つめながら、「綺麗だ」と呟いた。その声は随分とほわほわしていて、本当に寝入ってしまいそうだ。

「小さくて強い、私を守るための手だ。綺麗でないわけがない」

ほわほわ、ふわふわ。
雲に包まれたように柔らかに響く紅明さまの声に、わたしの顔に熱が集まる。ああ、そんなことを言われたら、あんまりに恥ずかしいじゃないか。
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