紅炎様は戦争がお好きで、いつも西の方でいろんな国と戦っているのだと、マギ様が言っていた。紅炎様はとてもお強くて、まるで英雄活劇の主人公のように並みいる敵を蹴散らしておいでなのだと。
僕はそのお姿を実際に見たことはないけれど、紅炎様の逞しいお体に触れていると、やはりマギ様のおっしゃるとおりとてもお強いのだろうなと思うのだ。
僕としては紅炎様がお怪我なさらずに帰っていらっしゃることが何よりも嬉しいのだけれど。そんなことをマギ様に言ったら、「あいつは怪我してもフェニクスがいるから平気だろ」と、なんだか誇らしげに返された。
フェニクスという言葉を紅炎様から聞いたことはないけれど、とても腕のいいお医者様か何かなのだろうか。とにかく紅炎様が西方でも恙無く戦争をなさっているのはその方のお陰らしい。
紅炎様の弟君たちや先帝の御子様方、そしてあのお可愛らしい妹姫も強いと聞いている。紅炎様の周りには凄いお方が何人もいるのだなぁと、僕は何となく納得した。

「リア、こちらへ来い」

そんなことを考えていると、ふと紅炎様に呼ばれた。僕はただ「はい」と返事をして、紅炎様の座っている椅子の側に寄る。
今日の紅炎様は、その椅子に腰掛けてずっと難しそうな本を睨み付けている。僕は字が読めないから内容はよく分からないけれど、紅炎様はこういった、難解そうな分厚い本をよくお読みになっている。
紅炎様に手首をぐいと引かれて、僕はすとんと床に座り込んだ。正座だ。でも、床は硬くてすぐに足が痛くなってしまうから、僕はそっと足を崩した。
紅炎様はそれを見てふむと頷いて、僕の頭にぽんと手を乗せた。厚い掌が何度か僕の髪を撫でて、やがてするりと頭のてっぺん辺りで止まった。それで満足したのか、紅炎様の目はまた手元の本に戻る。右手は僕の頭に乗ったままだ。
こうしているときの紅炎様は武人と言うよりはまるで学者様で、この人がマギ様の言う戦争好きなお強い人なのだろうかと疑問になる。
僕が紅炎様に拾われてもう随分経つけれど、紅炎様が怒ったところは一度も見たことがない。マギ様がどんな悪戯をなさっても、末弟君がどんな失礼な態度でも、紅炎様はそれを興味なさげな目でぼんやり眺めている。そんなに苛烈な方だとは、全く思えないのだ。

「…読みたいのか」

僕が食い入るようにそのお顔をじぃっと見つめていると、紅炎様はふと、本から目を離さずに言った。いきなり声を掛けられて驚いた僕が目を丸くして黙っていると、紅炎様はゆるりと視線を巡らせて僕を見た。

「さっきから見ているだろう。俺は持っていないが、読みやすい物語の本なら用意させよう」
「ほん、ですか……?」

僕の頭の上に置きっぱなしだった手を滑らせて、紅炎様が僕の頬に手を差し入れた。ひた、と頬に添えられた手は温かい。
紅炎様が目を細めて眺める先で、僕は困ってしまってぱちりとひとつ瞬いた。本をいただいても、僕は読むことが出来ないのだ。ご厚意を無碍にしてはいけないのだろうか。でも、欲しいと答えておいて読まないのはなんだか、恩知らずな気がする。

「え、と」

答えに詰まって、間抜けな文句が口からこぼれる。紅炎様はじっと僕を見ていた。本をめくっていた手は、当然のことだけれど止まっている。

「あの、僕は…ええと」

言ってしまっていいのだろうか。字が読めないから要りませんなんて。僕はばかだけれど、それを盾にして紅炎様のお気持ちを断って良いものだろうか。ぐるぐると、頭の中でまとまらない考えが巡る。巡って、混ざって、そんなんだからもっと纏まらない。

「ぼ、く……紅炎様に、読んでいただきたい」

ぴたりと。僕の頬をするすると撫でていた紅炎様の手が止まる。混乱の末に言ってしまったとんでもない言葉に、僕自身も固まった。
紅炎様に読んでもらうだなんて、僕なんかがそんな。
いくら自分で読めないからって、そんなのは許されないことだ。

「そうか」

少しの沈黙のあと、紅炎様が頷く。手元の本を閉じて脇の机に置いた紅炎様は、僕の両脇に手を差し入れて僕を軽々と持ち上げた。そのまま膝の上にすとんと乗せられて、僕は紅炎様のお膝の上で向かい合うような形になる。訳が分からないながらも、僕はお膝から落ちないように紅炎様の肩に手を掛けた。

「どんな話がいい?今夜寝物語でもしてやろう」

――俺も語るのを聞く側しかしたことはないから、あまり期待はするなよ。
紅炎様は微笑んで言いながら、僕の髪に軽く口付けた。
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