さわり。風が流れて、僕の足元の花を揺らした。紅炎様の庭園で、僕は地面に座り込んで小さな花々を見ている。こういう小さな花は、水に浮かべると上手く占いが出来るのだけれど、紅炎様はそういうことに興味がないので、僕はここに来てからひさしく占いをしていない。
手で花の首を手折ると、ぷつんと微かな感触と一緒に、手の中に花が転がる。白い小さな花だ。名前は知らない。

「貴方、何をなさっているのぉ?」
「ああっ姫君、お召し物が汚れます!」

ふと横合いから声を掛けられて、僕は顔を上げた。天気がいい。今日は天気が良いから、こっそり外に出て来てしまったのだ。
僕の隣には、いつの間にか桃色の衣を着た女の子が座っていた。その後ろには、麦色の衣の男の人。僕はひとつ瞬く。
女の子は大きな丸い目で僕を見ている。僕は、少し考え込んでから、「花を、」とだけ言った。続きは何だか頭に浮かんでこなかったので、僕は静かに口を閉じる。

「お花を摘んでるのね。私も一緒にやろうかしら」

女の子が僕の手の中の花に目をやって、にっこりと笑った。後ろの男の人が「姫君!」と言ったけれど、女の子は気にする様子もない。
お花を摘むならこうしたらいいんじゃなくて?と、女の子が茎を、僕が手折ったよりも根元の方から摘む。ね?と女の子が僕に向かって首を傾げた。柔らかそうで可愛い。

「貴方はこの先のお部屋で働いているの?見たことのないお顔ね」
「……働いて…、はい」

女の子に尋ねられて、僕は頷いた。働いている、といえるかは分からないけれど、多分働いているのだろう。紅炎様ははっきりと僕が何だと仰った事はないけれど、愛玩用の奴隷か何かなのだと思う。
女の子はそうなのね!と両手をぽんと叩いた。

「ねえねえ、この先のお部屋のお方って、一体どんな方なの?私気になって気になって…」
「この先の、部屋の方…?」

ぱちぱち、2回瞬く。この先に、部屋はあまりない。この先は、紅炎様の後宮の端っこなのだ。もっと行くと後宮の中心部で、沢山の宮女さまがお部屋を持っていらっしゃるけれど、女の子が指さすのは、ただ僕の寝室のあるあたりだ。
あちらの方に、そんなに偉い人はいたのだろうか。僕はそんなに部屋から出ないので、よく分からない。でも、紅炎様は何も言っていなかったように思う。ただ僕が、忘れているだけなのだろうか。

「あのお部屋、紅炎お兄様の寵姫がお住みになっているのですって。どんなお方か気になるじゃない?」

ぱあっと顔を輝かせて、女の子が笑う。ほわほわ、温かくて可愛らしい。僕はつと手を伸ばして、女の子の前髪に触れた。前髪に触るだけなら、綺麗に結った髪も乱れないと思ったからだ。
女の子はきょとんと僕を見る。僕はその髪を緩く撫でた。紅炎様と同じ色の髪けれど、もっとさらさらして気持ちがいい。

「かわいいねぇ」

ふにゃ、頬の力が抜けて、思わず笑顔になる。
女の子は大きな目を何度か瞬かせた。そうして、見る見る顔を赤くする。

「そ、そんなっ…そんなことないわよ!」

顔を真っ赤にして、女の子は自分の袖で顔を隠してしまった。
怒らせてしまっただろうか。可愛いより、綺麗って言った方が良かったのかな。何て謝ったらいいのかな。

「リア」

そんなことをつらつら考えていると、また声を掛けられた。今度は紅炎様の声だ。僕が振り向くと、案の定紅炎様がこちらに歩いて来るところだった。
女の子の後ろにいた男の人が、「第一皇子殿下!?」と慌てたように膝をおる。僕の隣に居た女の子は、ぽかんとした顔で紅炎様を見ていた。

「探したぞ。あまり遠くに出るものではない」
「…はい、ごめんなさい紅炎様」

紅炎様は僕の頭をゆるりと撫でると、隣の女の子に目を移す。

「紅玉と遊んでいたのか」
「お、おおおお兄様っ」

わたわたと狼狽える女の子が、少し涙目になって紅炎様を見る。その段になってやっと、僕は「ああ、妹様なのか」とぼんやり思い至った。

「お前たちは歳も近いからな、たまに遊ぶのがいいだろう。仲良くしなさい」

と。そう言って、紅炎様は僕を抱き上げた。片手で持ち上げられてしまうのは、少しどうなんだろうと思うけれど、紅炎様の腕の中は心地良いのでそれでもいいかと思ってしまう。
そのまま紅炎様は、僕の部屋に向かってさくさくと歩いていく。僕は少しずつ遠ざかる女の子に、ひらひらと手を振った。女の子も、ぽかんと口をあけながらも手を振り返してくれる。やっぱりかわいい。



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