最近、私とマスルールくんについてよくわからない呼び名が横行しているらしい。先日ジャーファルさんから初めて聞いたのだが、どうにも納得のいかない名前だった。
マスルールくんと一緒に仕事で緑射塔を回っていた時にふと思い出したので、一応マスルールくんにも教えてあげようと口を開く。

「最近耳にしたのですが、」
「はい」
「私たち、王宮の一部であだ名があるらしいんです」
「ああ…猛獣遣いと獅子、ってやつッスか」

事もなげに言ったマスルールくんを驚いて見上げると、彼はこくりとひとつ頷いた。

「…知ってたんですか」
「まぁ。ピスティとかがよく言ってますね」

自分でも恨めしげな声になってしまって、マスルールくんが少しだけ目を見開く。
嫌なんすか、と問われて、まぁ嫌ですね、と答える。マスルールくんが目に見えて意気消沈したように見えたが、彼が落ち込むような会話ではない。私の気のせいだろう。

「否定してくださいよ」
「…今度から気を付けます」

そもそも、王の剣たるマスルールくんが私などに遣われているなど、あまりに外聞が悪いではないか。同じ文官でも古参の八人将であるジャーファルさんならともかく、時たま自立歩行もままならない私などの言うことを聞いているようでは、国の中枢たる八人将としてどうなのか。
会話が途切れて、私の足音だけが廊下に響く。マスルールくんは裸足なので、私より余程大きいのに足音をさせずに歩くのだ。それでもシンドバッド様やジャーファルさんなどは足音が分かってしまうらしいが、私にはよく聞こえない。

「…俺、」

ふと、マスルールくんが呟くように言う。私が立ち止まって振り向くと、切れ長の目が私を見ていた。

「シルディアさんになら遣われたいな、と」
「………思ったんですか?」
「はい」

こくり。マスルールくんが頷く。私は訳が分からなくて、困惑しながらも何とか「そうですか」と返した。これは、一体どういう意味なのだろうか。
シンドバッド様とジャーファルさん以外には割と無礼なマスルールくんが、私を人格者として認めている、なんてことは間違ってもないだろうし。私の役職が八人将のマスルールくんよりも上ということはもっと有り得ない。
つまり行きつく答えは、私の狭量な経験と知識では一つしかない。

「…マスルールくんお熱あります?」
「いや、ないッスけど」

迷わず否定されて、まぁ確かに、と納得してしまうところが少し悲しい。私と違って、頑丈なファナリスである彼が体調を崩すことなどそうそうないだろう。
でもやはり心配だったので、背伸びして彼の額で熱を測ってみた。ここで私に合わせて少し屈んでくれるところが彼の優しいところだと思いつつ、彼の額に手を当てる。…平熱である。

「具合悪かったら、すぐに言うんですよ?」
「……それは多分、こっちの台詞ッスけどね」

言い返しながらも頷いたマスルールくんの頭を、額に手をやったついでに撫でておいた。
それに気持ちよさそうに目を細める姿が、確かにちょっとネコ科の獣っぽいな、と思ったのは黙っておくことにした。
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