sloth
怠惰
「……よく来た」
「どうしよう雷蔵、私今日初めて歓迎された」
「先輩どんだけ敬遠されてるんですか…。中在家先輩、お菓子作ったは良いけど作りすぎちゃって。処理に困ってたんですよねー、ベルゼブル先輩が来てくれて助かりました」
「まじで?喰っていいの?」
わーい長次大好き!と中在家が出してきたケーキに飛びつくベルゼブルを、不破はにこにこと見ていた。ちなみ奥の方ではケーキ処理に力尽きた後輩たちが青い顔で倒れ伏している。かく言う不破も、これ以上甘いのものを口にしたら彼らの仲間入りをする自信があった。いつも作りすぎた菓子類を怒涛の勢いで消費し、さらには余った材料まで食らいつくしていくベルゼブルには憧憬を通り越して恐怖すら覚える。
先輩は本当に良く食べますね、と言おうとして、不破はベルゼブルの後ろの壁にかかった鏡かそろそろと手が伸びているのを見とめた。その手はがっちりとベルゼブルの背中の翅を掴み、それに驚いたらしいベルゼブルがプギャッと奇妙な声を上げる。
「捕まえましたよ先輩…もう逃がしません…!」
「げ…三郎生きてたの…」
「生きてましたよ!立花先輩のビンタは猛烈に効きましたが、あなたに書類を終わらせるまで死にません!!」
「めんどくっさ、三郎めんどくっさ!つか頬っぺたの腫れ方異常だよ?」
「誰のせいだと思ってるんです、誰の!!」
鬼の形相でベルゼブルを叱る鉢屋を見ながら、不破は思った。ああ、ベルゼブル先輩のところに就職しなくて正解だったのだと。
助けて長次!と中在家に生クリーム塗れの手を伸ばしたベルゼブルだったが、当の長次は困ったように頬を掻いて動かない。完全に面倒臭がっている。
「先輩、頑張ったら今晩はモロク豚の丸焼きですよ?今勘右衛門が狩りに行ってますから」
「頑張る」
鉢屋がベルゼブルの耳元で優しげに囁くと、ベルゼブルは途端に抵抗をやめて大人しくなった。流石に鉢屋も伊達にベルゼブルの配下を長年勤めあげているだけあって、扱いは慣れたものである。
「ごめん長次、私帰るね!あっお菓子はグリフォン宅急便で送ってくれればいいから!着払いで!」
それじゃあ!と喜び勇んで翅を広げ帰っていくベルゼブルを見送って、中在家はのっそりと書斎へ引っ込んでいく。
「……雷蔵、いつも済まないな…」
「いや、いいんだけど…三郎頬っぺた大丈夫…?」
「大丈夫じゃない、泣きそう…」
明日ハローワーク行く…と項垂れる鉢屋が鏡の中に戻っていくのを見ながら不破はこっそりと笑う。鉢屋は昔から転職を希望しているが、結局はずっとベルゼブルの配下に収まっているのだ。