大罪ぱろ | ナノ



wrath





憤怒




「……腹が減った」
「だからって俺のところに来るなバカタレ」
「なんか寄越せ潮江。でなきゃお前んちに特攻かける」

 ソファで寝転びながら呻くベルゼブルを見て、潮江は手近にあった壺を投げつけた。奇妙な形をした陶器の塊は、しかしベルゼブルが視線を向けただけで粉砕される。破裂音にも似た音をたてて破片を散らす壺(であったもの)に、傍らの鳥籠に羽を突き刺して繋がれていた地獄鳥が胃を吐き出した。紫色の胃液が辺りに飛び散ってあらゆるものを溶かす。潮江の服の袖も少し溶けた。潮江は苛立ちに任せてベルゼブルの横たわるソファに歩み寄ると、ベルゼブルの横腹を蹴りあげた。
 ベルゼブルの身体は背凭れを飛び越えてソファの後ろ側に落ちていった。どしゃ、と重い音がする。

「痛ぇよ潮江クソが」
「いきなり俺の屋敷に押しかけてきて我が物顔でのさばるテメェの方が数倍クソだこの糞女」

 憤怒を司る悪魔である潮江の沸点は恐ろしく低い。常に怒りを垂れ流しているからこそ爆発することは少ないが、そのかわりに穏便にことを済ませることは不可能に近い。いやむしろ不可能である。
 対してベルゼブルは暴食を司る悪魔であり、食事以外のことに殆ど気を使わない。潮江とベルゼブルは相性が最悪だった。ベルゼブルは食事に気を取られるあまり、恐ろしく無礼なのである。慇懃を尽くしても怒る潮江に対して無礼に振る舞えばどうなるか。子供でも分かる話である。
 やんのかコラ、と額に青筋を立てて突っかかってくるベルゼブルに潮江が拳を繰り出そうとしたそのとき。

「ベルゼブル先輩、鉢屋先輩が迎えにいらしてます」

 部屋に来訪者があった。柔らかな栗色の髪の下で、赤い目が呆れを宿して光る。田村、であった。
 三木ちゃんじゃん、と言うベルゼブルに、田村が一礼した。潮江の配下である以上、慇懃は必須の条件である。

「なぁ三木ちゃん、食べ物持ってね?おねーさん腹減って死にそうなんだが」
「ベルゼブル先輩、お会いするといつもそう仰いますね…飴玉でよろしければどうぞ」

 身体が宙に浮くほどの力で蹴られたというのに、ベルゼブルは驚くほど軽やかな動きで田村に寄っていった。ふざけた性格ではあるが、高位の悪魔には違いないのである。潮江は舌打ちをひとつして、どっかとソファに座った。
 一方ベルゼブルは飴玉を舌で転がしてご機嫌である。

「ホントはモロク豚の丸焼き喰いに来たんだけどさー、いーや三木ちゃん優しいから許したげる」
「はぁ…っていうかモロク豚なんて一匹まるまる食べきるおつもりだったんですか…」

 じゃぁねー、と半透明の翅で窓から飛び去っていくベルゼブルを見送った田村が、恐る恐ると言った感じで潮江の方を窺う。

「……次ベルゼブル先輩がいらっしゃるときは用意した方が良いですかね…モロク豚の丸焼き…」
「バカタレ、あいつにそこまでしてやる義理はない。そもそも竈に入りきらん」

 モロク豚は、体長8メートルの地獄原産食用豚である。




   
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