004



「…で、結局その人が何に悩んでたのか分からずじまいなんですよ」
「分かんないのにそんなアドバイスしちゃったの!?」
「やっぱ駄目でしたか」
「いや、駄目とは言わないけどさぁ…なんていうか、無責任?」
「あーそれ私も思います」
「そんな他人事みたいに!」

 しゃきん、しゃきん。
 タカ丸の鋏が頭の周りを往復して、その度に被せられたクロスの上にぱらぱらと髪が散っていく。透子ちゃんも随分髪のびたねぇ、といいながらカットしていくタカ丸は、どこか嬉しそうだ。
 散髪がてら閉店後恒例のカット練習に付き合いながら、透子は先日遭遇した青年の事を話していた。あれから一週間ほど経つが、あれ以来公園で彼の姿は見ていない。律儀に毎日公園の前を通る自分を褒めてやりたかった。いや、あの道を通るのは単に近道だからなのだけれど。
 今回はゆるふわモテカワを目指すよ!と張り切って鋏を振るうタカ丸を鏡越しに観察する。仕事の邪魔にならない程度の長さなら何でもいい。というか、自分にゆるふわモテカワとやらは似合うのだろうか。少し不安ではある。

「なんか毎回すみません。やっぱりカット料金払いますよ」
「えーいいよー、カットモデルとしてお願いしてるんだし。透子ちゃんって髪自分で弄らないからさ、自由にカットできて好きなんだよねー」
「……それ案に干物女って言ってます?」
「えっそんなことないよ!?透子ちゃん美人だし髪質いいし、自然体で可愛いって意味だよ!」

 鏡越しに、慌てたように弁明するタカ丸と目が合う。ふにゃりとした垂れ気味の目だ。なんだか力が抜けるというか、リラックス効果でもありそうな目元をしている。
 そういえば件の青年は、ぱっちりとした二重瞼だった。栗鼠とかフェレットとか、そういう小型哺乳類系の目元。

「それに比べてタカ丸さんは上野動物園にいそうですよね」
「ごめん、透子ちゃんの話が飛躍しすぎてついてけない。泣きそう」

 ぐすん、と泣き真似をしながらも、タカ丸の手は的確に透子の髪形を雑誌などでよくお目にかかるシルエットに整えていく。

「っていうか毎回思うんですけど」
「ん?なぁに?」
「カット練習ってタカ丸さんみたいなプロでもするもんなんですか?なんか新人さんがやるイメージなんですけど」

 んー、そうだねぇとタカ丸は少しだけカットの手を止める。答えに迷っているというよりは、使う言葉を選んでいる印象を受けた。

「もちろんプロでも練習はするけど、僕の場合は趣味も兼ねてるからなぁ。自分の楽しみのためにカットしてるって意味も大きいかも。あと切りながら新しい髪形考えたりね、楽しいよ」

 鏡に映るタカ丸を見上げていたため幾分上向きになっていた顎を、両手でそっと下げられた。襟足をチェックされているようで、首筋に触れる温かい指がくすぐったい。

「楽しみ、ですか」
「うん。透子ちゃんは趣味とかあるの?楽しみにしてることとか」

 ドライヤーのコンセントを差したタカ丸がスイッチを入れると、ごおぉ、という音とともに温風が透子の髪を吹き上げる。鏡の中で巻き上がる髪を見ながら、透子は考え込んだ。楽しみにしていること?自分に趣味といえるものは殆どない。ときたま暇つぶしに本を読む程度だ。
 ふと、鏡越しに大きな水槽が目に入った。昨日水を替えたばかりなので、幾分水の透明度が高いように見える。それを見ながら、透子は口を開いた。

「水族館に行ったりとか、します」

 ドライヤーの音に負けないように、少しだけ声を張り上げて言うと、タカ丸はにっこりと笑った。かちり、スイッチの音とともに、再度ドライヤーが沈黙する。

「そっかー、いいよね水族館。綺麗で僕も好きだな」

 今度一緒に行こうね、と。櫛で透子の髪を梳きながらタカ丸が言う。そうですね、と笑って返して、透子はゆっくりと瞬いた。言っても、いいだろうか。馬鹿にはされないのだろう、きっと。

「将来、熱帯魚を飼いたいと思うんです」
「うん」
「綺麗な魚を見て暮らせたらいいなって思っていて」
「…店の魚、何匹か持って帰る?」
「…いえ、設備ないから水温調節できませんし」
「そっかぁ、でもうちの店の水槽管理してるの透子ちゃんだしね、もう透子ちゃんが飼ってる状態に近いのかも。…はい出来たよー!ほら、透子ちゃんもっと可愛くなった!」
「…おお、」

 鏡の中の自分が、目を丸くしてこちらを見ていた。自分で言うのもなんだが、想像以上に似合っている。

「スプレーとかで空気入れてみてもいいよ。今日は時間遅いからそのままにしておくけど」

 そう言って、タカ丸が椅子を下げてクロスを取った。床に散らばる髪を片付けようと傍らに用意してあった箒に手を伸ばすが、一瞬早くタカ丸にとられてしまう。僕がやるから透子ちゃんは帰る支度してて?と言われて、透子は所在無げに頭を掻いた。帰り支度とは言っても、あとは鞄をもって帰るだけだ。
 透子は眉を寄せて辺りを見回し、そして結局近くにあった小さな脚立に腰掛けた。タカ丸の厚意にいつも甘えてしまうのはきっといい傾向ではない。けれどきっと、タカ丸は人を甘やかすのが上手いのだ。それはきっと相手の無意識下に働きかけるレベルで。

「つまりタカ丸さんってタラシだと思います」
「え!?どうしたのいきなり!」












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