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「タカ丸さん、今日の売り上げが合わないんですけど、500円くらい」
「あーうん、兵助くんのカット料金割引したんだ」
「またそういうことを勝手に…」

 閉店後、マネキンでカット練習をするタカ丸と鏡越しに目が合うと、タカ丸は一瞬はっとした顔をした後、へにゃりと情けない表情になった。

「…透子ちゃん、怒ってる?」
「は?何でですか」
「だって怖い顔してるもん!ごめん!もうしないから許して!!」

 泣きそうなタカ丸に言われて鏡に映る自分の顔を見れば、その両目は剣呑に細められている。知らず知らずのうちにそんな表情をしてしまっていたようである。

「…いえ、タカ丸さんのお店ですからとやかくは言いませんけども。こういうことをする際は、メモでもいいのでどこかに書いておいてください。計算が合わないのって結構心臓に悪いので」
「…気を付けます……」

 しゅんとして反省しているタカ丸にひとつ頷いて、透子は手にした帳簿に割引の旨を書き込んだ。店の会計管理など、本来ならバイトである透子が任される仕事ではないのだが、タカ丸の代行ということで、シフトが入っている日はほぼ毎日透子が帳簿の売り上げを計算して書き込んでいる。こういう信頼は分不相応だと思うのだが、やはり信用されるというのは悪い気分ではないのでこそばゆい。

「ああそうそう。透子ちゃんって兵助くんと友達だったんだねー、それならそうと早く言ってくれればいいのに!」
「へいすけ…?……ああ、予約の彼ですか」
「あれ?知り合いじゃないの?仲良さそうに話してたじゃない」

 こてん、と鏡の中で首を傾げるタカ丸を見ながら、透子もまた首を傾げた。

「知り合い、というか…。顔見知りですかね。名前だって今日初めて知ったので」
「そうなの?」

能天気にほけほけと笑ったタカ丸に、透子は瞬きだけで返した。
 公園で泣いていた青年が久々知だったということは、タカ丸には教えない方がいいだろう。知り合いに知られたら付き合いづらくなる類の事だろうし。そう思って、透子は口を噤んだ。

「久々知兵助くんって言ってね、僕の高校の先輩」
「…………先輩、ですか?」
「うん、先輩」

 のほほん、と笑ったまま鋏を振るうタカ丸を、鏡越しにじっくりと眺める。
 久々知青年は大学の実習が忙しい、と言っていた。就活ではない辺り、最終学年ではないのだろうと思う。何にしろ、きっと透子よりも若い。タカ丸が久々知青年の後輩ということは、それはつまり、タカ丸は彼よりも若いということになるのではないだろうか。

「……タカ丸さんっておいくつですか」
「僕?22だよー」
「えっ」
「ちなみに兵助くんは1個下だよ。中卒でフランスに語学留学しててさ。高校は2つ下の子たちと同級なんだ、僕」

 語学留学とは言ってももっぱらファッションの勉強ばっかりしてたんだけどねー、と笑い話のように締めくくるタカ丸を尻目に、透子は頭の中でぐるぐるとまわる考えを纏めるのに一生懸命だった。
 22歳と言えば、透子と同じ年である。髪を金色に染めているためか年齢不詳なところはあったけれど、そんなに若いとは。自分の店を持つくらいだから、若くても20代半ばを過ぎたくらいだと思っていたのに。

「…先入観って良くないですね」
「え、何が?」

 透子はかつかつとヒールを鳴らしてきょとんとするタカ丸に歩み寄ると、不思議そうに自分を見る顔をじっくりと見直してみた。…言われてみれば、20代中盤というにはまだ若い。自分と同い年で経営者とは、意外と尊敬すべき大人物だったらしい。

「……今までマスコミとかの持ち上げ過ぎだと思ってたんですけど、やっぱりタカ丸さんってカリスマだったんですね」
「だから何が!?」



*後









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