004


「……こんばんは」
「…えっ、あ、どうも!」

 透子が呆然としつつも声を掛けると、びくりと肩を跳ねあげた青年は慌てたように会釈した。会釈というよりはもはや浅いお辞儀であったのだが、結局のところどうだったのか透子は判別しかねた。それを判断する前に、青年は勢いよく直立の姿勢に戻ってしまったのである。

「その後元気かなって思ってた、公園では見かけないから」
「っ、はい!あの、大学の実習が忙しくて…!!」
「そう。がんばって」

 ありがとうございます、と消え入るように言って、青年は顔を赤らめて俯いた。やはり夜中のテンションで泣き言を吐き出してしまった相手と世間話をするのは気まずいのだろうか、そう透子は考えて、あくまで事務的に話を進めることに決めた。

「ええと、ご予約の…?」
「くくちですっ!久々知兵助!」

 透子が尋ねると、青年は勢いよく顔を上げて答えた。ばね仕掛けの人形か何かのようだ、と思いながら、透子はくくちさまですね、と頷いた。
 くくちくくち、と頭の中だけで呟きながら、透子は予約客の台帳を繰る。今日予約が済んでいない客は一件だけだ。すなわち、先ほど自分がメモから写し取った予約。

「……ええと。久々に知る、と書いて」
「くくちですっ」

 元気よく答えた青年を見て、透子はぱちくりと目を瞬かせた。久々知と書いてくくちと読むのか。目から鱗が落ちた思いである。自分が浅学なだけかもしれないが、これは難読漢字の仲間に入れていいような気がする。

「…うん、タカ丸さんから聞いてます。じゃあそこに座って待ってて。タカ丸さん、今接客中だから」
「はいっ」

 透子が受付前のソファーを示すと、青年はいそいそとそこに腰掛けた。素直というか実直というか。その2つの違いが透子には分からなかったが、なんとなく区別すべきだという感じがしている。
 ふとサロンの方を見ると、タカ丸が女性客のクロスを取り払っているところだった。どうやらカットが済んだらしい。時計を確認すると、青年の予約が入っていた20時の1分前だった。計算してカットを終わらせたのだろうか、だとしたら凄い。

「タカ丸さん空いたみたいだから、席に案内しようか。今のお客さんの会計が終わったら、タカ丸さんも来るし」
「あ、はい!」

 青年を適当な席に座らせて、鏡の前に雑誌を置く。あまりファッション誌なんかを読んでるイメージが無いな、と思いながらも、透子は椅子の傍らにワゴンを移動させる。
 そうこうしているうちに、タカ丸が軽い足取りでやってくるのが見えた。

「兵助くん久しぶりー!元気してた?」
「あ、どうもタカ丸さん、御無沙汰してます」
「ふふー。また結構伸びたねぇ、一か月半ぶりだよ」
「……そんなのよく覚えてますね」

 鏡越しに困惑顔でタカ丸を見る青年を見てから透子は受付に戻ることにした。ここにいてもやることが無いのだから、受付で帳簿整理でもしておこうと思ったのである。











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