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「最近兵助がおかしい」

 私立大川大学の第二学生食堂にて。
 特徴的な髪の青年、尾浜勘右衛門が深刻な表情で言った。特に動じもせずにカツ丼を口に運ぶ不破雷蔵の隣で、同じく深刻そうな顔をした鉢屋三郎が大きく頷いた。

「それは私も思っていた。最近の兵助はおかしい、明らかにおかしい」
「そうかなぁ?僕はそうは思わなかったけど」
「雷蔵は兵助と被る授業が少ないから分からないのかもしれないが、あれは誰が見たっておかしい。…証言その一!」
「はい!それは俺が購買に昼の弁当を買いに行った時の事です…!」

 鉢屋がパチンと指を鳴らすと、勘右衛門の隣で唐揚げ定食を頬張っていた竹谷八左ヱ門が勢いよく挙手した。それを見て、雷蔵はもぐもぐとカツ丼を咀嚼しながらじっとりとした目で自分以外の3人を眺める。どうにも茶番くさい。

「その時俺は日替わり弁当にするか唐揚げ弁当にするかを真剣に悩んでいたんだ」
「お前、唐揚げ好きだなぁハチ」
「勿論だ。唐揚げすっげぇ美味い。…話は戻る。すると俺はふと気付いたんだ…購買に行くといつも迷わず麻婆豆腐弁当を持ってレジに向かい、5分と経たずに購買での買い物を終える兵助が、その日だけは飲み物コーナーで混み合っている周りの迷惑も考えずにボーッと突っ立っていることに…!」
「ただ単にその日は飲み物買おうと思ってただけじゃないの」
「いや違うんだ雷蔵!兵助はそこで紙パックの豆乳を持って、まるで恋する乙女の如く頬を赤らめながらうっとりとしていたんだ!おかしい!おかしすぎる!」
「兵助がイソフラボンのこと考えながら顔を赤らめてるなんてそれこそ良くある事だと思うけど」

 冷静に突っ込みを入れる雷蔵を無視し、鉢屋がまたパチンと指を鳴らした。証言その二!という声に、今度は勘右衛門が元気に手を挙げる。とりあえず真剣に腕を組んでいる竹谷に、口許にご飯ついてるよと教えてやるべきだろうか。

「それは俺が兵助と同じ薬理の授業を受けていた時の事です…!いつもなら教授のどうでもいい自分語りすら書き写す勢いで真面目にノートを取っている兵助のノートが、その日は何故か真っ白のままであることに気付いたんだ!」
「ちなみに勘右衛門、お前はノート取ってたのか」
「いや、俺はノート取らないで聞いて覚える主義だから」
「ああ、私と同じタイプか」
「クソッ努力しないタイプの天才爆発しろ!」
「まぁ話は戻って、とにかく兵助は珍しく、というか俺の知る限りでは初めて授業中に上の空だったんだ。…と思っていたら、授業終了まであと5分になった頃に、兵助は物凄い勢いでノートに何かを書きはじめた。それはもう、ノートのページをシャーペンの先が突き破るほどの勢いで。そして兵助が満足したような顔でノートから顔を上げた時授業は終わった。だから俺はすぐに兵助に近寄って何を書いていたのか聞いたんだ。……そしたら兵助、どうしたと思う?真っ赤な顔でノートを隠したんだよ!!」

 おかしい!それはおかしい!と全力で同意を示す鉢屋と竹谷を見つつ、雷蔵は冷静にカツ丼の最後の一口を口に入れた。何ていうか、心の底からどうでもいい。

「ごちそうさまー…あ、」
「ん?雷蔵どうし…あ、」

 手を合わせた雷蔵が、ふと小さく声をあげた。それに気付いた鉢屋が尋ねかけて、やはり同じように小さく声をあげる。同じ顔の造作をしていても、ふとした表情はそれぞれ違うものなのだ、と彼らに対面している2人は思ったのであるが、それは余談である。
 驚いたように口を半開きにしていた雷蔵が、にわかに笑顔になって、勘右衛門と竹谷の向こうに手を振った。そんな友人とは対照的に、鉢屋の方は何だか苦々しげな顔を作る。
2人の反応を不審に思った勘右衛門と竹谷がほぼ同時に振り向くと、そこにはトレーを持って佇む件の青年、久々知兵助の姿があった。ちなみに久々知のトレーに乗っているのは、学内広しといえども彼以外に注文するものは皆無に等しいであろう冷奴定食だったのだが、それもまた余談である。

「なんだ、ここで食べてたのか。…あ、ここいいか?」
「いいよいいよー…ってか兵助、教授の用事は終わったの?呼び出されてたじゃん」
「うん?ああ、ちょっと書類整理の手伝いさせられたのだ」

 勘右衛門と竹谷の間に座って、久々知が割り箸を割る。ぱきん、と小気味のいい音がして、割り箸は綺麗に割れた。

「いただきます。…で、なんか話してたのか?えらく真剣そうだったけど…雷蔵以外」
「ああ、丁度良いじゃない。みんな気になってたんでしょ?ここで聞いとけば?」

 きょとんとして尋ねる久々知の言葉を受けて、何でもない事のように雷蔵が提案する。勘右衛門と鉢屋が微妙な顔をしたのに気付かずに、竹谷がそれもそうだな!と頷いた。真相よりも面白さを追求していた他の2人に対して、竹谷は真剣に不思議がっていたものであるらしい。

「兵助さー、最近なんかおかしいじゃん?なんで?」
「え?俺おかしいか?」

 むぐ、と何もかけていない豆腐を頬張りながら、久々知がぱちくりと瞬く。

「おかしいだろ。豆乳見ながら顔赤らめてたりとか、ノートに一生懸命何か書いたりとか」
「えっ」

 竹谷の追及に、ぼっ、と。そんな擬音が付きそうなほど分かりやすく、久々知の頬が赤く染まった。俄かに雷蔵以外の面々が沸き立つ。他人の色恋にそんなに興味持つとか中学生か、と思いながらも、雷蔵もまたテーブルに乗り出した。やはり、気になるものは気になるのだ。

「なになに兵助!大学3年目にしてようやく訪れた春の気配!?」
「勘ちゃん…そんなんじゃない……!」
「へぇ、じゃあ言えるよな?何があったんだよ?」

 きらきらと目を輝かせた勘右衛門と、にまにまと意地悪げに笑む鉢屋が久々知に詰め寄る。久々知もまた自分が返答の選択を間違えたのだと気付いたのか、苦い顔で口の中の豆腐を飲み込んだ。

「……実は、さ」

 深く考え込むように口を開いた久々知の言葉に、4人は耳を傾けた。











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