善法寺伊作の心配



 朝のは組長屋で、留三郎がほうと感心したように息を吐く。僕の目の前には、ぼうっとして正座をしている柊の姿があった。ちなみに、僕らは3人ともまだ寝間着姿だ。

「もう朝飯前って感じだな」
「文字通りね!出来れば朝ご飯の前にぱっくり開いた傷を縫うなんてグロッキーな作業はこれっきりにしたいな!」
「お前上手いこと言うな」

 誰が言わせたんだか!と留三郎を睨み付けると、留三郎は笑いながら首をかしげてきた。何で睨まれたか解ってないらしい。この元祖あほのは組が!!僕もは組だけど!
 使用済みの針を廃棄用の木箱に入れて、鍵をかける。針や切開用の小刀を使い回すと感染症になりかねないからだ。医療器具っていうのは大体が消耗品だから、こうして使う度に新しいのを買わなきゃならない。その辺文次郎は解ってないよね、次の予算会議ではそこを重点的に攻めよう。

「ありがとう、伊作」

 来期の予算会議に飛んでいた思考は、柊の声によって引き戻された。
 そう、保健委員会としては、100回の「ごめんなさい」や「お手数掛けました」より、1回の「ありがとう」のが嬉しいんだよね。柊はその辺りを無意識にだけどよく解ってる。基本的には良い子なんだけどなぁ。後輩にも慕われてるし、何よりあの仙蔵がメロメロになるくらいの人格者だし。

「別に大したことじゃないよ、留さんの言ったとおり朝飯前のことだしね。何日かしたら抜糸するから、それまでは痒くても掻いたりしちゃダメだよ」

 柊の手に包帯を巻く。いずれにしろ着替えたら革の手甲を巻くから、汗で蒸れて化膿しないように軽く、だ。新しかったり古かったり、沢山の傷が残る柊の左手首を、ごわごわした布で隠していく。
 もはや習慣か何かのように自分で自分の身体を傷付ける柊の姿は、もう慣れたとはいえかなり心臓に悪い。今朝みたいに、手当てもせずに寝たせいで寝間着も布団も血塗れになっているのを発見したときは特に。
 ちょっと前までは柊と同室の友人がある程度目を光らせていてくれたのだけれど、先月の半ばにその友人が家業を継ぐために自主退学。それ故に現在柊は一人部屋で、いくら僕らの部屋に越すように言っても頑なに拒否するものだから、ほとほと困り果てているのだ。

「よし、これでいいよ。とりあえず着替えて朝ご飯を食べよう。血で汚れた敷布と寝間着は後で洗うから、盥に水をはって浸けておいてね」

 こくりと頷いて僕らの部屋から出ていった柊は、本当に素直だ。流石は純粋培養(仙蔵監修)。

「仙蔵が発狂しそうだね。柊、自分の身体を傷付けることに何の疑問も持っていないよ」
「あいつの場合、心底から自分は無価値だと思ってるからな……こればっかりは時間掛けるしか無いだろ」

 溜め息をついて自身の寝間着の帯を緩めた留三郎に視線を投げて、僕もまた松葉色の制服を手に取る。僕たちだって柊のことは心配だし、自傷なんかすぐにだって止めてほしいけれど。柊はあれで心のバランスを取っている節があるから、どうにも強くは言えない。

「あっ柊先輩おはようございまキャアァァア!!!?」

 突然、上級生長屋に竹谷の悲鳴が響き渡る。僕は、ああ血塗れの敷布を水に浸けてる血塗れの柊に遭遇しちゃったんだなぁ、と半ば穏やかな気持ちでそれを聞いていた。仕方ないよね、今朝の柊の出血はかなりの量だったからね。

「竹谷って女の子みたいな悲鳴あげるんだね」
「伊作、現実から逃げるな。さっきから竹谷の泣き声が凄いぞ」



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