潮江文次郎の観測



(残酷表現注意)





「私はこの手が嫌いだ。このせいで柊が惑わされてしまった。これさえなければ、全ては完璧だったというのに」

 仙蔵が妖艶な笑みを浮かべる。ざくりざくりと、苦無で容赦なく天女の右手を突き刺しながら。もはやぐちゃぐちゃの血肉の塊になってしまった自身の手を、天女は呆然と見ていた。もう右手の神経は死んでしまったのであろう、先ほどまで響いていたがらがら声はすっかりなりを潜めている。
 俺は血の臭いに寄ってきた獣を手にした松明で牽制しながら、ただそれを見ていた。この後は天女の顔を潰してこのままここに置いていく手筈になっている。放っておけば獣が喰っていずれ骨だけになるだろうし、肉が残っている状態で見つかっても顔さえ分からなければ特定されることは無いだろう。野垂れ死んで獣に食い散らかされた死体というのは、存外そこかしこで見かけるものだ。珍しくもない。

「せ、んさまっ!やめ、やめでへッ!!?」
「やめろ?やめろだと?」

 天女の掠れた嘆願に、仙蔵の笑みが消えた。さっきまでとはまるで違う空気に、俺たちを取り囲んで様子を窺っていた獣の気配が、一気に怯えたようなものに変貌した。
 ああ、地雷だ。ただでさえ仙蔵は地雷が多いのに。今この状態で一個に触れたら怒涛の勢いで誘爆するというのに。

「この期に及んでやめろと?やめろと言ったのか貴様は。ふざけるなよ……ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ!!!!貴様は自分が何をしたのかわかっているのかこの雌豚!貴様のせいで柊は傷ついたのだ貴様のせいでっ!!何故柊と出会ったのだ貴様などが!存在すら罪悪なのだ、貴様は柊を傷つけあまつさえ死を命じただと?図に乗るのもいい加減にしろこの薄汚い畜生風情が!!私の柊に随分なことをしてくれた上で?やめろ?よくも言えたものだな誇りすら持たぬ愚物め!!貴様などが私や柊のことを認識しているだけで怖気が走る!貴様のことを知覚するだけで脳が腐る!早く死ね早く死ね早く死ね早く死ね早く死ね早く死ね早く死ね早く死ね、俄かには信じがたい勢いで死に腐れこの汚物未満の腐れ女郎めが!!」

 仙蔵の苦無が天女の腕を、脚を、腹を、顔を。情け容赦なく突き刺す。まるで般若の激昂を見ているようだった。何より仙蔵の罵倒の語彙が恐ろしい。明らかに理性を失っているのにどうしてそんなにぽんぽんと人を罵れるのか。そら恐ろしい。
 仙蔵は動かなくなった天女を見下ろして、満足げに笑った。返り血で真っ赤だ。
 あたりに広がる血臭と便臭に胸が悪くなった。

「…終わったか?」

 俺が溜息交じりに尋ねると、仙蔵は小さく頷いて立ち上がった。最後に天女の右手(だったもの)を踏みにじって、深く息を吐く。にぢり。聞いたことも無いような不快な音が辺りに響いた。

「帰ろう、文次郎。早く帰って柊に会いたい」

 振り向いた仙蔵は、この上なく美しく笑んでいた。
 誰もが自分の為に行動した結末は、ひどく血生臭い幕切れだった。



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