善法寺伊作の免罪
「はい、これ飲んでねー」
「嫌っ!!何するのよやめてよ!ねぇ冗談でしょ!?」
「あはは、ごめんね本当だよ。君が今酷いことされてるのも、これからもっと酷いことになるのも、それで幸せになれる人が沢山いるのも、ぜーんぶ本当」
暴れる天女さまに馬乗りになって、水に溶かしこんだ薬を無理やり口に流し込んだ。吐き出そうとするから口と鼻を塞いで強引に飲ませる。伊達に六年も保健委員やっていないからね、嫌がる子供に薬飲ませるのなんてお手の物だよ。小平太なんかいまだに嫌がるし。
顔から手を離してやると、やっと供給された酸素に天女さまが噎せ返る。痺れ薬が切れた途端ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めるからかなわないなぁ。もし叫び声が学園に届いちゃったら、今まで隠密にことを進めてきた意味がないじゃないか。
「はい良く飲めました。いい子いい子」
「けほっ、がふっ…!」
「……ときどきお前が仙蔵に見えることがあるよ、俺は」
盛大に顔を顰めた留三郎は、困ったように頭を掻いていた。そうかな。これから酷いことされるなら今のうちに優しくしてあげるのが人情だと思うんだけどな。この計画に加担した時点でみんな優しくなんかないわけだけどね。柊と天女さまを天秤に掛けて柊を取ったわけだから。このご時世で生きていくってそういうことだと思うな。
「薬が効いてくるまで半刻くらいだから、それまで口塞いでおこうか」
さっき飲ませた薬が効いたら、喉が枯れてがらがら声になるはずだ。どんなに叫んだって獣の声にしか聞こえないだろう。ああ、小鳥がさえずるような声だったのにね。可哀想に。
「うん、可哀想」
ついつい口に出してしまった言葉に、天女さまが縋るような目を僕に向けてきた。ごめんね、憐みはしても助けないよ。だってもう、仙蔵がカンカンになっているんだもの。こっそり逃がしてあげることなんかできないよ。
「君は悪くないよ。ただ君が納まりたかった席はもう埋まってたって、それだけ。君は何も悪くないよ、なぁんにも」
寝付けない子供に語りかけるような声音で囁くと、僕は彼女の髪をそっと撫でた。
悪くないよ、悪くない。別に誰も悪いことなんかしてないんだ。ただ、うまく歯車が噛み合ってしまっただけで。
「だから、安心してね?」
僕に出来る偽善は、許すことだけだから。
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