食満留三郎の憐憫




 私は裏山にはそう詳しくありませんので、此処からは留三郎が。

 長次があんなに長く喋れるものなのかと、俺は密かに驚いた。というか無理があるだろう、その言い分。六年もの間学園にいる長次が裏山に詳しくないなんてそれこそあり得ない話だし、それなら最初から俺が迎えに行けばいいだけの話だ。まぁ単にくのたまに見つかったときのリスクを考えた故の役割分担なわけだが。仙蔵曰く「長次の方が見つかったとしても上手く誤魔化せるではないか」とのことだ。確かに長次から邪な動機を感じることはあまりないだろう。しかし俺だってくのたま長屋に邪な目的で忍び込むなんて命知らずな真似はしない。
 俺は天女が付いてきているか時折後ろを確かめながら、裏山を登っていった。開けた道を選んでいるため女でもきつい行程ではないだろうが、万一と言うこともある。この先には伊作が待っていて、そこからは2人で裏山の一番険しい場所まで天女を運ぶ手筈になっていた。本来ならもっと学園から離れた場所で決行すべきなのだろうが、時間は一晩も無いのだ。なんとか上手くやるしかないだろう。計画は隠密に迅速に。忍の基本である。
 小平太と綾部が掘ったばかりの抜け穴から這い出てきた天女の寝間着は、裾が少し汚れていた。長次が細々と泥を払ってやっていたようだが、俺にはそれが一種残酷な行為に見えてならなかった。例えば、これから打ち首獄門に処される罪人に酒をくれてやるような、そんな憐みのこもった行為だ。

「大丈夫ですか、天女さま」
「…あの、もうちょっとゆっくり歩いてくれない、かな?ごめんね、息切れしちゃって…」

 苦しげに答える天女の息は、ひどく上がっていた。しかしこれは恐らく疲れの為ではないだろう。変装術の一環で、男女職業別の歩法は弁えている。俺が実践していたのは、町人の子供が歩くペースだ。
 あたりを見回すと、視界が少し煙っていた。景色は裏山の中腹のもので、もうここまで来たのかと俺は些か驚いた。伊作との合流地点が近い。
 ふっと、天女の体がくずおれた。どうしました、と俺はその顔を覗き込む。天女は苦しげに顔をゆがめて、そのおとがいにはだらだらと唾液が滴っていた。麻痺毒が回ったときの作用である。呼吸は正常で意識もあるようだからそう強い毒ではない。気付くと、俺の手足もびりびりと軽く痺れていた。六年生ともなると大抵の毒には耐性が出来ているのだが、やはり効かない訳ではないのだ。

「留さん大丈夫?」

 掛けられた声に顔を上げた。伊作が山道を下ってくる様子が目に入って、俺はつい顔を顰める。

「お前、俺がいるのに霞扇なんか使うなよ」
「あはは、ごめんごめん。軽い痺れ薬だから大丈夫だと思ったんだけど、風が弱くなっちゃってダイレクトに煙が行っちゃったんだよね」

 効きすぎてない?大丈夫?と薬包紙を差し出してくる伊作を軽く睨んで、俺は丁寧に包まれた解毒薬を咥内に流し込んだ。苦い。伊作から奪うように受け取った水筒を開けて苦味ごと飲み下した。それでも残る不快感はこの際無視しよう。

「天女さま生きてるかな?人間の致死量ではないんだけど、天女の致死量ってよくわかんないや」
「大丈夫じゃないか?仙蔵たちのところに着くまでには薬も抜けてるだろ」

 ぐったりとした天女の両脇に手を差し入れて抱き上げた。ああ、顔から出るモン全部出てるぞこりゃ。しかしまぁ、造形は整っていた。しっかり化粧すれば相当の美女だろうに。

「可哀想にな」

 仙蔵と柊の間に入っていかなきゃ、いつかどこか良いところに嫁いで幸せに暮らせただろうに。


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