七松小平太の沈黙



 学園と裏山の土の質は違う。だから抜け穴を掘るのは簡単で、自分の位置を確認しなくても一気に掘れてしまうから私は好きなのだけれど。
学園の土は白くて軽くて、苦無を使って這い上がろうとしても土がぼろぼろ崩れてしまって難しい。ある程度の慣れが必要で、だから六年のいさっくんなんかでも一度落とし穴にはまったらなかなか出てこられないのだ。
 一方で裏山の土は水を含んで重い。これはなかなか掘りやすい地質で、でも這い上がるのも簡単だから相手が忍者とかだと相当上手く掘らないとすぐ抜け出されてしまう。
 まぁ一長一短ってやつだ。今回はただの抜け穴であって、誰かを落とすための罠ではないから、そんなのはどうでもいいことなのだけれど。あぁでも、抜け穴として使うにも裏山から学園に戻るときって難しいかもなぁ。とかく学園の土は這い上がるのが難しいようになっているのだ。

「行きはよいよい帰りはこわい…ってことか」

 つい独りごちると、隣で私と同じように土壁を崩していた綾部が私を見た。暗くては危ないと長次が置いていった灯篭があるから、綾部の真ん丸い目がぼんやりした光の中で良く見える。

「どうしたんですか」

 きょとりと私を見る綾部にいや別にと軽く返して、私はまた愛用の苦無で土を掘り返す。掘りはじめてもう一刻にもなるだろうか。土は既に裏山の黒い土に変わり始めている。掘るのは簡単だけど、土が重いから幾らか骨が折れるんだよなぁ。
 ふと、綾部の手が止まっているのに気付いた。まあるいふたつの目が、私をじぃっと見ていた。綾部の目は大きい。暗闇でもきっと、きらりと光るんだろうな。そう思う。

「なぁに?疲れちゃった?」
「何をなさるつもりなんですか、先輩方は」

 私の問いかけに、綾部は疑問形で返した。問いに問いを被せて返すのは良くない。昔私もそれをやって、仙ちゃんに怒られたのだ。仙ちゃんは普段冷静な癖して、本当につまらないことで怒る。昔からずっとだ。仙ちゃんの琴線はそこらじゅうに巡っているらしくて、仙ちゃんの気分を害さないのなんてこの世に柊だけなのだと思う。本当に。

「殺すのですか、天女さまを」

 綾部が真っ直ぐに私を見てくるものだから、私もまた綾部の視線を真っ向から受けた。

「知らなくていいよ、そんなこと」
「……立花先輩に、教えるなと言われたのですか」
「そうだよ」

 明らかに不満げな綾部を促すと、むすっとしながらもまた鋤を操りはじめる。私もまた、目の前の土を掘りはじめた。
 考えるのが得意な奴が考えればいいのだ。私はそれに従う。私は仙ちゃんの立てた計画を信頼しているし、それが自分の益になることなら逆らう理由もない。
 夜の地中は、昼間にはない静けさを満たして私たちを包む。



 天女と呼ばれる彼女に対しては、好きも嫌いも感じてはいない。ただ、少し弁えた方が良いのだろうとは思う。いきなり現れた怪しい女と入学以来の友ならばどちらを取るかなどは明白であるし、さらに柊は彼女が来てからもう二度も自殺まがいのことをしているのだ。それも、彼女のせいで。だから彼女はもう少し弁えるべきなのだ。いや、弁えるべき「だった」、というのが正しいだろうか。
 彼女はもう、戻れないところまで来てしまっている。


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