潮江文次郎の見解



「聞け文次郎、私の柊は今日も今日とて世界一可愛かった」
「そうか、じゃあ俺は夜の鍛練に行ってくるから」
「何だと?よもや貴様、私の柊よりもむさ苦しい鍛練なんぞを優先する気ではあるまいな!」

 布団の上に仁王立ちで俺を見る仙蔵に、思わず溜め息が零れた。毎晩毎晩お前の惚けに付き合わされて、鍛練が疎かになる俺の身にもなれと言いたい。声を大にして言いたい。まぁ、言えたらここまで苦労はしていないわけだが。

「いいから聞け!そして私のこの溢れ出る情熱をどうにかしろ!」

 無理言うな。お前の情熱をどうにか出来るのはお前自身、もしくはその情熱の対象である柊だけだ。そもそも俺にその情熱とやらをどうにかされても怒るだろお前。

「あーわかったわかった、じゃあ四半刻くらい聞いてやるから」
「文次郎貴様、柊の素晴らしさを語るには一昼夜を掛けても全く足りんと理解できているのか?…まあ仕方ない、心して聞くがいい文次郎」

 ふんと鼻を鳴らして布団の上に座った仙蔵が、うっとりとした表情で語り始める。俺は手にした苦無を文机に置きなおすと、仙蔵の話を聞き流すために頬杖をついた。まっすぐ座って惚け話なんぞ聞いてられるか。

「今日の柊も完全無欠に可愛らしかったと言わざるを得ない。我が幼馴染みながらなんとも罪作りな可愛さだ。柊がい組でなくは組なのが惜しまれるな。何故?そんなのは決まっているだろう。私は柊を四六時中を視界の中心に捉えていたいのだ。しかし実際私が見ることが多いのは同室であり同級のお前であるわけだがな。……まぁそれはいい。今日の柊は珍しく朝から人並みの量の食事をした。これはとても素晴らしいことだ。柊は今のままでも十二分に可愛らしいが、欲を言えばもう少し太ればいいと私は以前から思っているからな。今日のは組は裏裏山で戦闘演習をしたらしい。伊作に聞いたところでは全戦全勝だったそうだ。流石は私の柊。昔から身体能力がずば抜けていたからな。先日小平太に負けていたのはあれだ、小平太が人外だからだ。ところで気付いていたか?昼食のとき柊と私が隣同士で同じ肉野菜炒め定食を食べていたことを。まぁ知らないだろうな、お前は留三郎とバカみたいに争っていたからな。柊は私と自分の定食を見て、同じだねと微笑んだのだ。ああ、あのかわいさといったら!!あのとき私と柊は別々に注文していたにも関わらず、数ある食堂の献立の中から肉野菜炒め定食を選択したのだ。これはもう運命だと思わんか?思うだろう文次郎。今日の柊は18回ありがとうと言い、21回ごめんなさいと言った。お礼もお詫びもできる良い子なんだ柊は。そして今日柊は52回、」

 そこで沈黙が降り、明かりの中で仙蔵が目を伏せたのが見えた。口許は笑んだままだが、その長い睫毛は明らかに憂いを孕んで揺れている。馬鹿みたいに美しい級友は、十人並みの容貌の友人にぞっこんだった。明らかに外見が釣り合わない2人の関係は、俺たちが学園に入学した当初から続いていて。

「今日は52回、死にたいと言った」

 何よりも。中途半端を嫌う仙蔵が何故、学園一の死にたがりに恋をしているのか。何年経ったところで俺には解せないのだ。


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