田村三木ヱ門の憂鬱





 じりじりと、燭台の上で炎が揺らぐ。生物委員会飼育の昆虫類では最も高価なセアカゴケグモが死んでしまったため、今はその採算をどのように採るかという会計緊急会議中である。とはいっても、下級生は全員寝てしまっているのだが。
 僕は机に突っ伏して寝ている後輩たちの肩に半纏をかけてやって、急須に湯を注ぐ作業に戻った。

「あれは南蛮から取り寄せたやつだから高かったのによ」

 ぐちぐち。潮江先輩が、らしくもなく不満を吐き出した。まぁ立花先輩と同室だから、きっと思うところも沢山あるのだろう。
 天女様が学園に来てから、立花先輩は常に苛々しているように見える。下級生に矛先を向けることは無いにしろ、普段から虐げられ気味の潮江先輩は完全にその怒りの捌け口とされているようだった。


「生き物ですから、死んでしまったものをとやかく言っても仕方ありませんよ」
「生物委員会の不手際のせいもあるだろ。…そんなことはあいつらには口が裂けても言えんが」

 潮江先輩が複雑そうな顔で溜め息を吐く。生き物が死んでしまった時にはいつもそうだが、生物委員会は今全員が忌中状態なのである。というか、忌中だ。ナツコとやらの。
 会計委員会に所属していると、学園の生物ですら金額に換算して見てしまうことがある。会計の鬼たれという風潮の委員会だからと言って、そういった自らの考えを看過できるほどに、僕は冷徹になりきれなかった。
 僕は眉尻を下げて、潮江先輩にお茶を差し出した。会計委員会伝統の、眠気覚まし用特濃茶である。ちょっとやそっとの苦さではないので、下級生に飲ませることは出来ない。我慢できずに吐いてしまうのだ。

「まぁ便宜上はアレだ、備品が備品を壊したってことにしかならないわけだが…」
「…ああ、そういえば色の教材でしたっけね、天女様。四年生は実習場所が大体色町ですから、忘れかけてました」

 僕はそう言って、自分に与えられた仕事の前に座る。僕の仕事は虫獣遁の教材の数あわせだ。これはあまり大変な仕事ではない。潮江先輩がやっている、新しい南蛮の毒蜘蛛購入の予算捻出に比べればだ。
 今だってかなりギリギリで予算を立てているのに、授業でもないところで学園の蜘蛛を殺されては堪らない。生物だから不測の事態は仕方のないことだと言えなくもないが、天女様が反省の色もなくキャッキャウフフと遊び回っているところを見れば殺意を覚えるのも仕方なかろうというものだ。

「……正直なぁ、」
「はい?」

 潮江先輩が静かに口を開く。ずず、と音をたてて茶を啜った先輩は、その苦さ故か、鼻頭に少し皺を寄せた。

「仙蔵が早く怒髪天を突かないかと思ってもいる」

 一番面白くないのはあいつだろうから、俺達が始末するのは筋違いってもんだろう。そう言って、潮江先輩は、ぱちりと。手慰みのように、算盤の珠をひとつ弾いた。

「あれも柊のために耐えているところがあるから、誰もが誰かのために動けない状況なんだよ」
「……」

 僕は、隈が濃く残る潮江先輩の目許を見て沈黙した。誰もが動くことの出来ない状況。抜き差しならない。そんなの。

「泥沼じゃないですか、」

 僕の言葉に、潮江先輩が自嘲気味に小さく笑った。
 誰かのためを思うからこそ、その誰かを傷付けるだなんて。
 渦中の柊先輩にしたって、今回の件で傷付いていないわけがない。毎回予算会議で、動物たちのために一生懸命に便宜を図る人なのだ。

「欺瞞なんだよ。動きだせねぇことを、誰かのためってことにしてんだ」

 潮江先輩は、喉に凝る何かを押し流すように、茶碗に残った茶を煽った。


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