斉藤タカ丸の警戒





 はっきり言って、6年生実技上位を噂される2人の組手は苛烈そのものだった。そう言わざるを得ない。風を切る音、抉られる地面、繰り出される手足。どちらも本能的に技を繰り出すタイプであるから、反応速度は計り知れない。間違ったってあの中には入りたくない。
 きっと、あの最中に集中が途切れたら大変なことになるのだろうと思う。そして結論だけを言うと、果たして2人の集中は突如途切れた。

「2人とも、がんばってー!」

 いつの間にかギャラリーに交じっていた、天女さまその人によって。
 いつもの2人なら声援如きに集中を途切れさせる人たちではないのにいっそ無様なまでに反応してしまったのは、その声が「みぃちゃん」のものだったからに他ならないだろう。
 柊先輩の防御は遅れ、七松先輩の寸止めもまた遅れた。その結果、七松先輩の爪先は過たず柊先輩のこめかみに吸い込まれたのだ。


 同じ委員会の久々知兵助くんに聞いたところでは、小平太くんの蹴りを頭でまともに受けた柊くんは今も医務室で療養中らしい。どうやら大したことは無いらしいけれど、加害者の小平太くんをはじめとした生徒たちが連日医務室に押しかけているとか。僕が思うに、あの小平太くんの蹴りを頭でって言うのが心配される一番のポイントだ。

「あー、じゃあ毛先だけ切っちゃうね」

 毛先がまとまらないから切ってくれと僕の部屋を訪ねてきた立花仙蔵くんは、そうしてくれとだけ答えて溜息を吐いた。流石というか何と言うか、それでも滝くんくらいのキューティクルを保てているけれど。纏まらないというのもいつもに比べればという話であって、羨ましいくらいのサラストは失われていない。

「早くしてくれ斉藤。こんな纏まりのない髪では恥ずかしくて柊に会いに行けん」
「えー、柊くんなら面会だけでも喜んでくれると思うけどなぁ。別にそんなに気にしなくても会いに行けばいいのに」

 僕は柊くんとあんまり喋ったことがないからはっきりしたことは言えないけれど、遠目に見た柊くんってすごく優しそうな子だったし、何より仙蔵くんを見る目がすごく柔らかい。それだけ愛されてるんだから、毛先くらい気にしなさそうだけどなぁ柊くん。僕だって出来れば綺麗な髪で会いに来てほしいけど、やっぱり好きな子ならどんな見た目でもいいんじゃないかなって思うのに。

「わからん奴だな、好いている者には自分の美しい姿を見てもらいたいというのが常だろうが」

 おぉう立花くんすごい乙女だ……。
しゃきんと鋏を入れるたび、下に敷いた布にぱらぱらと黒が散る。髪が荒れる原因なんて、聞かなくてもわかってはいるけれど。
 恋仲にある柊くんの関心を大嫌いな天女さまにとられて、しかもその大嫌いな天女さまには粘着されると来たもんだ。きっと誰だってストレスは溜まるし、そのストレスが一番出るのは髪と肌であって。
 天女さまのことは正直、自分に関わってこなければどうでもいいかなって思っているけれど、このまま学園中の髪が荒れていくのを黙って見ている訳にもいかない。天女さまが来てからというもの学園のサラストレベルは明らかに低下したし、サラストだけじゃなく兵助君のつやつやウェーブも綾ちゃんのふわふわくせ毛も大打撃だ。もうあれ天女さまとかじゃなくて髪に悪影響を与える系の妖怪じゃないかなって思う。

「仙蔵くんってもしかして、結構気にするタイプ?」
「柊以外のことならそう固執もせんが、柊は私の髪がいっとう好きだと前に言っていたのだ。気にしない訳にはいかないだろう」

 腕を組んで憮然とする仙蔵くんに苦笑した。気にするって、髪のことじゃあないんだけれど。
 これは兵助くんに聞いたことだけれど、噂の天女さまは柊くんが小平太くんの蹴りを受けて昏倒しているのを尻目に勝利のお祝いを言ったのだという。彼女が組手試合をどんなものだと思っているのかはわからない。昏倒など日常茶飯事だと思っているのかもわからないが、いくらなんでも不謹慎に過ぎた。しかもそんな扱いを受けたのが自分の恋人だったら。考えるだに嫌な気分になる。

「……はい、できたよ」

 下ろされていた髪を高い位置で結って、最後に一度櫛を通した。するりと抜ける髪は、元とはいえ髪結いとして喜ばしい。

「すまんな。では私は医務室に行く。夕食に遅れるなよ、斉藤」

 すらりと立ち上がった仙蔵くんが部屋を出ていくのを見届けて、僕は床に敷いた布を片付けはじめた。長屋の廊下から細かい髪を地面に落として、布を叩く。ぱんぱんと勢いよく伸ばしてたたむと、繊維の隙間に入り込んだ髪の毛を指でつまんだ。
 もとは艶やかであったろう髪の毛の毛先は、無様に分かれてしまっていて。

「……ああ、やだなぁ」

 そっと呟く。綺麗な髪の毛を眺めることは僕の最大の楽しみであると言っても過言ではないのに、彼女はそのささやかな楽しみを壊そうとしている。ああ、いやだ。

「居なくなっちゃえばいいのに」

 指の間からするりと抜けた髪の毛は、真っ直ぐに地面に落ちていった。


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