立花仙蔵の敵意



 結論から言えば、天女は柊のいう「みぃちゃん」などではない。柊がそう信じ込んでいるから私は何も言わないだけで、こいつは柊の妹と同じような位置にほくろがあるだけの、ただの女に過ぎない。神などいない、天女などいない。死んだ者はそこですべてを終えるのであり、そのような超常的な何かになるなどということは決してないのだ。曲者が偶然、個人と同じようなほくろをもつことはあるにしても。
 そう、同じ位置のほくろ。だから会わせたくなどなかったのだ。これを柊が見たならば。妹が死んだ時からこの世界で妹の残滓を求め続けた柊が見たならば、天女を妹と思い込むと思ったからだ。果たして、私の危惧は現実のものとなった。



 今、食堂の席に着いて幸せそうに笑った柊の隣には天女が座っている。
 ふざけるなこの売女め。柊の妹などではないくせに、所詮は偽物のくせに。雌豚以下が柊の隣に座るなどと、そんなおこがましいことを。

「仙蔵は魚が好きだものね」
「ああ、そうだな。肉よりかは割とよく食べる」
「僕、魚はちょっと苦手だな。食べづらくって」
(ああ、それなら私が手ずから食べさせてやりたいというのに!)

 しかし天女への刺々しい思いは、柊の顔を見ただけですぐに溶けて消える。売女の存在など、愛しい柊の前ではその程度なのだ。いつになく楽しげに食事する柊の顔を見ていると、自然と私の頬も緩んだ。何しろ、柊は拒食気味で節食を拒否することも珍しくないのだ。

「みぃちゃんはどんな食べ物が好き?」
「えっとぉ、果物が好きかな!あとお魚も大好き!仙様と同じだね!」

 えへへ、と弛緩した顔を私に向ける天女の食べ方は、世辞にも魚が好きな者の食べ方ではなかった。魚の身をぐちゃぐちゃに崩すし、ぽろぽろと盆にものを溢す。苦手と言った柊の方が余程綺麗に食べているのだ。箸の使い方すら知らないのか、卑しい女め。

「天女さまと同じものが好きなど、光栄ですよ」

 社交辞令に社交辞令を重ねた言葉は、天女に私の真意を伝えることは無いらしかった。しまりのない笑顔で私を見る天女は、吐き気を催す醜悪さだ。

「でもみぃちゃん、箸に慣れてないんだね。僕が食べさせてあげる」

 そう言った柊が、自らの魚の身をほぐして、あろうことか天女に差し出す。やめろ柊、汚らわしいものに柊が自ら食べさせるなど!

「柊、向かい側からだとやりづらかろう?私がやるから柊は自分のを食べておくと良い」
「えぇっ!?いいよそんなの!恥ずかしい!」

 あからさまにほっとした様子で天女が言う。そう、私は天女のそう言ったところが気に食わないのだ。この女はきっと、柊を嫌っている。
 いかな私とて、柊に妹と勘違いされているくらいでこんなに嫌ったりはしない。しかし、この女は柊から最大級の愛を受け、あろうことかそれを嫌がっているのだ。ふざけるな。
 私が6年以上掛けて得た愛を横からかっさらい、あまつさえそれを迷惑がるだと?調子に乗るのもいい加減にしろ。

「天女さま、どうぞ」
「もうっ、仙様ったら…!」

 天女から奪った箸で天女の盆に乗る魚の身をほぐし、それを差し出す。顔を赤らめながら食い付く天女に吐き気を催したが、なんとかこらえた。私の世界で神にも等しい柊にやると言った以上、きちんと遂行しなければそれは私の沽券に関わる。
 なんという屈辱か。これならいっそ文次郎と接吻でもした方が何倍もましだった。食堂などという場で、こんなことをさせられるとは。しかし私がしなければ、柊が自らの箸でこの女に食べさせることになっていたのだ。そう思い、何とか怒りをこらえる。
 おいそこの兵太夫と三治郎。私を見てこそこそ話すのはやめろ。特に兵太夫はあとで覚えておけ。

「みぃちゃんと仙蔵といられると、すごく楽しいね」

 ね、仙蔵。にこりと可愛らしく小首を傾げた柊に微笑みを返して、私はまた天女に向き直った。
 嗚呼、なんと醜悪な。吐きそうだ。


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