伊賀崎孫兵の目撃



「夫婦になろう柊。大丈夫だ、お前は一生幸せにするとこの私特製柊フィギュアに誓う。今すぐ学園を出て大きな神社で祝言を挙げるんだ」
「?ありがとう」
「待って下さい柊先輩騙されないで!」

 わざわざ柊先輩の1分の1フィギュアを飼育小屋の前に持ってきて柊先輩に愛を告白する立花先輩は、もはや珍獣か何かのように全生徒の注目を集めていた。
 僕は首に巻き付いたジュンコと目を合わせて、先輩方も大変だねと呟いた。
 勇んで柊先輩をつれていこうとする立花先輩を、竹谷先輩がその足にまとわりついて止める。ちなみに僕と後輩たちは傍らでぼんやりとそれを見ている。遠巻きに見守る生徒の波のなかで、きり丸が食べ物を売り歩いていた。
 伊賀崎、見てないで助けろ!竹谷先輩の声でそう聞こえた気もするが、全力を挙げて無視した。だって立花先輩の目が本気だ。僕たちは巻き込まれたくない。

「離せ竹谷!早く柊を此処から遠ざけなければ、柊が天女の毒牙に掛かってしまう!」
「絶対離しません!っていうか僕は学生結婚なんて認めません!将来苦労するって解りきってるじゃないですか!せめて卒業まで待てないんですか!?」
「待てんと言っているだろうわからん奴だな!卒業まで待っていたら天女と柊の接触は避けられんではないか!」
「なんでそんな天女さまと柊先輩を会わせたくないんすか!」
「なんでもだ!」
「んなっ…柊先輩はそれでいいんですか!?一時の感情に身を任せちゃ駄目です!」
「?僕は仙蔵が一緒なら何だっていいよ」
「柊…!」

 首を傾げて言う柊に、立花先輩がぱっと顔を赤らめた。その反応に、周りで見ていた生徒たちがどよめく。
 何だあれ。あの立花仙蔵がキュンとしているだと?明日は焙烙火矢(点火済み)でも降るんじゃないか?…そういった声が聞こえてきて、僕は思わず心中で頷いた。

「お前の気持ちはよくわかった柊。式は厳島がいいな。さぁすぐに発とう」
「だめぇぇぇえ!!!」

 竹谷先輩落ち着いて下さい。柊先輩の父親ですかあんたは。

「伊賀崎!一平も孫次郎も三治郎も虎若も、2人を止めるんだ!柊先輩がいなくなったら生物委員会は来期の予算会議で第2の火薬委員会になってしまうんだぞ!?」

 いやタカ丸さんがいない分火薬委員会より不利なんだぞ!
 半ば必死の竹谷先輩の声に、僕たちは顔を見合わせて頷きあった。生物委員会に予算が分配されない、それはすなわち動物たちを飢えさせることに他ならないのだ。
 一平と孫次郎が柊先輩の腰を、三治郎と虎若が立花先輩の胸元を、僕がしっかりと繋がれた2人の手を掴もうとしたところで、今までうるさかったギャラリーがさっと左右に割れた。

「やめて!!」

 すぐに、甲高い声が辺りに響き渡る。何事かとそちらをみれば、困惑する生徒たちの壁の向こうで、眉を吊り上げている天女さまが見えた。

「私のために争わないで!!!」

 え、ぇぇえええ。
 多分その場の誰もが思ったことだと思う。あんた関係ないだろ、と心中で突っ込んでしまった僕は多分悪くない。

「「…………は?」」

 立花先輩と竹谷先輩の素頓狂な声が重なる。皆が唖然とする空気のなか、柊先輩だけが彼女は誰?と首を傾げていた。

「どうして喧嘩なんかするの!?私そんなこと望んでないよ!」

 完全に自分に酔ってます、という雰囲気を醸し出した天女さまが、慌てたようにこちらに駆け寄ってくる。
 多分きっと、先輩たちの言い合いの中で『天女』という言葉が何度も繰り返されたから、自分の取り合いだと勘違いしているんだと思う。うわぁ自意識過剰。

「それにわたしっ…、竹谷くんのことはそういう対象に見れないし…」
「……はぁ」

 困ったように返す竹谷先輩に、同情の視線が集まった。そりゃあこんな斜め上の言葉を掛けられたら困惑するだろう。
 というか、竹谷くんのこと『は』って、暗に立花先輩のことはそういう対象に見てるってことなんだろうか。

「……行こう、柊」

 竹谷先輩の拘束が緩んだために、立花先輩は柊先輩の手を引いて歩き出そうとする。

「っ待って!!」

 天女さまが呼び止めたことで、ほとんど条件反射的に立花先輩と柊先輩が振り向いた。
 胸の前で握られた天女さまの手を見た柊先輩の目が、驚いたように見開かれる。その顔が驚愕に彩られると同時に、柊先輩は立花先輩の手を離して天女さまに駆け寄った。

「みぃちゃん…!」

 喜色が滲んだ柊先輩の声を聞いた立花先輩の顔が絶望の色に染まったことは、きっと僕しか知らない。


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