不破雷蔵の静観





「うぉお雷蔵ぉぉお!!僕もう無理!あの人やだ!」
「おかえりハチ。飼育動物元気だった?」
「お陰さまで動物たちは超元気です!雷蔵の話を聞く気の無さに全僕が驚愕した!!っていうか見てこれ!」
「うわ凄い鳥肌」

 泣きべそをかいて長屋に帰ってきたハチは、袖を捲って僕に粟立った肌を見せてきた。確かに凄いねこれ。長屋に黒光りするあの虫が出ても顔色ひとつ変えないハチがこれとは。

「何だ何だ、抱き付かれでもしたのかお前」

 もさ、という効果音と一緒に髪の毛を掻き分けた三郎が僕の肩口から顔を出す。僕が普段つるんでいる面子の中で、三郎だけはあの人とまだ会ったことがないので涼しい顔だ。

「抱きつかれただけならまだいいんだ、でもあの人の思考回路が全く理解できなくてそれがどうしようもなく気持ち悪うわぁぁぁああ」

 まるで処女を奪われた娘のようにひんひんと泣くハチの頭を撫でてやる。髪が刺さって掌が痛い。雷蔵ずるい私も!って、三郎少し黙ろうか。

「で、何があったの?」
「きょ、今日は毒虫達の籠を掃除する日だったんだ。そしたらあの人が寄ってきて」

 ここでがくがくと震えるハチの言い分を要約する。
 つまり、毒虫の籠を掃除していたら天女さまが寄ってきて、邪魔だから別の籠に移してあった虫たちを見せて危ないですよと遠ざけようとした。すると天女さまが「大丈夫!竹谷くんが守ってくれるでしょ?」発言。守るわけねぇだろ!で今に至るというわけだ。

「守らないよ!?僕知らない女の人が自業自得で虫に襲われても別に守らないよ!?」
「まあ確かに守りたくはないね…。柊先輩は?いらっしゃらなかったの?」
「うん。今日は何だか立花先輩が離そうとしないから、柊先輩抜きで委員会やってくれって潮江先輩が」

 何その蜜月。
 立花先輩と柊先輩がそういう関係だというのは有名な話だけれど、まさか柊先輩が委員会を休むだなんて。普段は何事にも真面目に取り組む方だけに、驚きを隠せない。

「立花先輩、最近変だよね」
「あ、やっぱり雷蔵もそう思う?僕もずっと思ってた!」
「ああ。天女が落ちてきたくらいから、よく呆けてるよな」

 僕の呟きにハチが身をのりだし、三郎がうんうんと頷く。やはりおかしいと思っていたのは僕だけでは無かったようだ。

「天女さま、どうなるのかな」
「さぁな。でも、最近は連日職員会議だろう。多分もうすぐ決まると思うが」

 ハチと三郎が話すのを聞きながら、僕はそっと溜め息をついた。まさに、ここ最近の学園の噂は天女さまの話題でもちきりなのだ。


 潮江文次郎先輩曰く。会計委員会の活動中に皆で休憩しましょう!と無理矢理活動を中断させて自分や田村に絡むのだと。
 中在家長次先輩曰く。書籍を読むわけでもないのに図書室に入り浸り、得手ではない笑顔を自分に強要してくるのだと。
 七松小平太先輩曰く。皆が可哀想だからと体育委員会の活動メニューを軽くするよう言ってくるのだと(彼に関してだけはあちらの言い分が正しいように思えてならない)。
 食満留三郎先輩曰く。学園の備品を良いように弄くり回し壊した挙句、謝罪の一つもないと。
 善法寺伊作先輩曰く。骨格が気持ち悪いと。
 ちなみに俺こと久々知兵助や同級の数人もまた、彼女に意図のわからない猛烈な接触を受けているのだが、そこはあまり関係ないので割愛しよう。

 かくして、(何気に七松先輩と善法寺先輩は嫌う理由が不当過ぎる気もするが)学園に落下してからの数日で、天女を名乗る少女は見事に最高学年をはじめとしたほとんどの生徒に嫌われていた。
 あの1年は組ですら、『あの人ひいきするから苦手でーす』と声を揃えて言うくらいだ。

 連日職員会議が開かれ、結果決まった彼女の処遇が各委員会の代表生徒と各クラスの級長に知らされた。
 学園長がいつものようにほけほけと笑って俺たちに言い渡したのは、「天女を上級生に課す色の授業の教材とする」というひとつことだけだった。もちろん彼女には極秘での決定なのだと言うが。
 素性の知れない彼女を野放しにするよりは、学内で飼い殺しにした方がよい。さらに教材という前提のもと接していれば、彼女に入れ込む生徒もいないだろうという後ろ暗い判断のもとの決定らしい。
 しかし想像してほしい。嫌いな女に授業のためとは言え媚を売ることを強いられた6年生の激昂を。生物委員長である柊先輩が止めてくれなければ、学園長の庵には近日中に大量の爆発物が投げ込まれていた事だろう。それほどに6年生、特に火薬のスペシャリストたる立花仙蔵先輩の怒りは凄まじかった。立花先輩の後ろに般若が見えたのは、きっと俺だけではない。
 言い忘れていたが、立花先輩は天女から特に苛烈なアタックを受けているのだとか。もとよりプライドが高く、柊先輩にぞっこんな立花先輩だけに、天女の存在は許せないものなのだろう。最終的には俺から煙硝倉の鍵を奪って天女を爆破しに行こうとする立花先輩を、柊先輩が宥めすかして半ば無理矢理大人しくさせるという騒動まであったくらいだ。




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