食満留三郎の狼狽



「伊作、お前どう思う?」
「留さん、なぁにいきなり。どうって、天女さまのこと?」
「そうだ」
「気持ち悪い」

 すっぱりと切り捨てた伊作に、俺はそうだよな、とぼんやり返した。数日前空から落ちてきた"自称"天女は、まだ処遇が決まらずに学園内で宙ぶらりんな位置を保っていた。敵か味方かも解らない者に、学園での椅子を与えるわけにはいかない。結果としてここ何日も、あの色惚け天女さまは生徒に媚を売ることに精を出していた。幸い委員会の最上級生が中心となって警戒体制を強いているため、全生徒は彼女とうわべだけの関係を保っているが。

「そもそも生物学的に無理。骨格変だし女の子にしては異様に細長いし。異種交配とか僕には無理」
「……伊作…」

 至極真面目な顔で言った伊作に、俺はじっとりとした視線を投げた。そんな嫌がり方をしてるのは学園内でお前だけだと思うぞ。
 つか生物学的に無理って。異種交配って。もはや人間として見てない。
 外見だけなら美人の部類だと思っていたんだが、伊作の目線からは違うらしい。

「用具委員会はどうなの?僕のとこもだけど、下級生ばかりだと心配じゃない?」
「まぁな。でも見たところあの人、下級生には興味ないらしいからな。主な被害は上級生だけだし、俺らが目を光らせておけばいい話だろ」

 長屋の壁は薄い。おそらく隣の小平太たちの部屋にも聞こえていることは承知で、俺たちは会話を続けた。もちろん忍として訓練していなければ聞こえないような声量で、ではあるが。

「そういえば伊作。柊はあの人のこと、」

 知ってるのか?と続けようとした俺の声を、廊下からのバァンという音が遮った。続いて聞こえてくるのは子供の泣き声。
 何だ何だ、と慌てて部屋を出た。そこには呆然と立ち竦む仙蔵と、屈み込んだ柊の腕の中で泣いているしんべヱと喜三太の姿。仙蔵の足元にはおかしな形にへこんだ首人形が転がっていて、さっきの音はこれが床に投げつけられた音だということが容易に知れた。
 青ざめた仙蔵の顔と、怯えて泣きじゃくる後輩の姿に頭が真っ白になる。何だ、夢なのか、これは。

「何してんだ仙蔵!!」

 腕をつかんで振り返らせた友人の顔は、もはや紙のごとく白くなっていて。なんでお前、そんな泣きそうな顔をしてるんだ。
 怪我の有無を確認する伊作の声を背景に、仙蔵の薄い唇がわななく。何かを言いたくて、しかし何を言いたいのか見当をつけられていないように見えた。

「……仙蔵、」

 静かな柊の声が、仙蔵の名を呼ばう。ただそれだけで、仙蔵の顔が泣きそうに歪んだ。

「っ、…すまない」

 仙蔵は柊の腕の中の2人にそう言って、すぐに踵を返して自室に入っていった。一体、何だというのだ。
 ごめんなさいぃ、という2人の後輩の声で我に帰る。

「ぼく、僕たちが、柊先輩を、えぐっ…て、天女さまに会わせようとしたからぁあ」
「だか、だからたち、立花先輩おこっちゃ、…ごめっ、ごめんなさぁぁあい」

 そう言ってまた泣き出す2人の背を、柊があやすように擦った。
 確かに仙蔵はしんべヱと喜三太に苦手意識を持っているが、ここまでするなんて考えられない。一体どうしたというのか。
 柊に矢羽根を飛ばすが、柊もただ首を傾げるばかりだ。
 ごめんね。柊の口が小さく動く。
 お前が謝ることじゃないじゃないか。そう言いかけて、俺はすぐに口をつぐんだ。何だってんだ、一体。


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