立花仙蔵の察知




 うるささに目を覚ますと、6年長屋には小平太の声と、聞き覚えのない女の声が響き渡っていた。何だ小平太のやつ、こんな夜更けにくのたまでも連れ込んでいるのか。まったく迷惑な。
 今夜は週に一度の柊との同衾日であるというのに、小うるさい声のお陰で台無しだ。
 私のとなりですやすやと眠る柊に口付けをひとつ落として、私は布団から抜け出した。いかに柊の眠りが深いからといって、これ以上騒がれてはいつ起きてしまうかわからない。
 寝乱れた寝間着を軽く直して、私は柊の部屋から出た。ひんやりとした空気が肌を撫でる。廊下の突き当たりを曲がると、3つの人影が見えた。長次と小平太に、見たことのない女。

「おい小平太、うるさいぞ。柊が起き、」

 るだろうが。続けようとした言葉は、女のきゃあという声に遮られた。

「仙様ぁぁあ!!すごいサラスト!かっこいい!!」

 駆け寄ってきた女は、酷く珍妙な出で立ちをしていた。私は後ろをちらと気にして顔をしかめる。うるさい、柊が起きる。

「仙ちゃん、その人と知り合い?」
「はぁ?」

 問いかけてきた小平太に、私は不機嫌全開の顔を向けた。ふざけるな、こんなうるさい女と知り合った覚えはない。
 泥だらけの忍装束を着た小平太の隣から、私と同じように寝巻きを着た長次がじっと見つめてくる。やめろ、私を節操なしを見るような目で見るな。

「その人さぁ、天女さまなんだって。行くとこ無いから学園に置いて欲しいんだって」

 よくわかんないよね!という雰囲気を目一杯醸した小平太は、しかし珍しくそれを口には出さない。一応本人を目の前に発言を控えるくらいの常識はあるらしかった。
 だからといって小平太のモラルひとつで言い訳が現実味を帯びるわけもなく。私が長次に視線を投げると、長次もまた困惑した表情で私を見返した。
 小平太と長次とは隣室であるはずの留三郎と伊作は、どうやら無関係を決め込んだらしい。起きている気配は伝わってきたが、部屋から出てくる様子はなかった。あのギンギンうるさい鍛練馬鹿はといえば、どうせ裏裏山あたりを走り回っているのだろうから話にならない。

「置くも何も、私たちが決められることではないだろう。先生方に聞いてみなければ」

 私の個人的な見解としては、忍術学園に部外者など言語道断。私情を挟むとするなら断固反対するが、それがなくても忍術学園はその特性ゆえに機密が重んじられる。
 大体、その女は何なのだ。そう小平太に問い詰めたいのを必死に押さえ込んだ。その女が何者かに関係なく、警戒心を剥き出しにすることは忍として誉められたことではない。
 とにかく、朝になり先生方に報告するまでは監視を付けなければなるまい。長次に矢羽根を飛ばすと、静かな頷きが返ってくる。

「では、先生方に報告するまではろ組の長屋ということでいいな。小平太、お前はその泥を落としてこい」

 後でい組長屋に来るように矢羽根を飛ばすと、小平太は唇を尖らせて井戸へ向かっていった。大方塹壕堀りの途中だったのだろうが、そんなのは知ったことではない。柊との同衾を邪魔された私の機嫌はすこぶる悪いのだ。

「ありがとう、仙蔵くん!」

 女が温かな両手で私の右手を握りこむ。ぞわりと悪寒が走り、常備している懐の火種に手が伸びそうになるのを必死で押し止めた。私の名を一方的に知っている時点で女への疑いは極限を超えたわけだが、それならそれで油断させておかなくてはならない。
 ふと、女の手に目をやる。

「ッ、」

 息が止まりそうになった。女の右手、その中指に、大きなほくろをみとめたからだ。

「……仙蔵」

 もそり。いつの間にか距離を詰めていた長次が、訝しげに私の名を呼ぶ。しかしそんなのはお構いなしに、私の意識は少し離れた部屋で眠る柊の気配をしきりに探っていた。

「なん、でもない」

 女の両手から自身の手を抜いて、詰めていた息を吐いた。変に上擦った自身の声が気に障る。
 長次に手を引かれ長屋に消えた女の背を、ほとんど無意識に睨み付けた。

 あれは、一体何なのだ。


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