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「ゲンガーを見ませんでしたか」
「どうしたのヘマタイトさん。ポケモンとはぐれたのかな?」
ヘマタイトは目の前のエリートトレーナー然とした青年が自分の名前を知っていたことに、酷く驚いた。青年ことジャッジとヘマタイトが会話をするのは、これが初めてのことだ。ヘマタイトは整備士であるから、あまり車庫から出てこないし、個人的に彼にポケモンを見てもらいたいと思ったこともない。
「君が連れてるエンペルト、能力が極端な子なんだよね。珍しいから覚えてるんだ」
「はぁ、そうですか」
「ええと、ゲンガーだっけ?君のポケモンなの?」
「はい。最近ゲットしたポケモンなんですが、今朝から姿が見当たらなくて」
「何か特徴とかあるかな、もしかしたら見ているかも」
なにぶんここにはポケモンが沢山いるから、とジャッジが笑う。ヘマタイトは彼との距離感を図りかねて、結局小さく首をかしげただけに終わった。
「特徴、と言っても。最近初めての会ったばかりなので、はっきりしたことは分かりません」
そう言ってしまってから、ヘマタイトはああ、と後悔した。自分から聞いておいてその言い種はどうだろうかと思う。相手は厚意で聞いてくれているのに、こんなに無愛想ではいけない。
内心で慌てるヘマタイトを余所に、ジャッジはうーん、と唸って顎に手をあてる。
「ゲンガーは何体か見たけど、みんなトレーナーがつれ歩いてた気がするなぁ」
「そう、ですか」
俯くヘマタイトに、ジャッジが心配かい?と声をかける。ヘマタイトはそれに何と答えるべきか迷った。実のところ、あまり心配ではなかったのである。
もともと、早々に逃がしてやるべきポケモンだったのだ。あまり長い間手元に置いておくつもりもなかった。
「私のもとから逃げたのなら、それはむしろ望ましいことなのだと思います」
「ふぅん?」
「私ではあの子を幸せに出来たかどうか、わかりませんし。現に私のエンペルトは、既に不幸の只中です。私の我儘に付き合わされて」
ぽつぽつとヘマタイトが言うと、その腰にひとつだけ提げたモンスターボールがかたりと揺れた。ヘマタイトは半ば故意に、その振動を無視する。
「あのね。僕は彼らの能力値が分かるだけだから、あんまりはっきりしたことは言えないけれど」
ジャッジが笑う。その顔がなんだか眩しいような気がして、ヘマタイトはゆったりと瞬いた。
「君のエンペルトが君から逃げないでいるのなら、君はエンペルトに好かれているんだろうね。きっとゲンガーだってそのうち戻ってくるよ」
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