抗鬱剤 | ナノ


▼ yellow and gray


 電気タイプ使いのジムリーダーというのが、ヘマタイトは何だか苦手だ。それはまだ郷里にいるとき、地元にあるジムの電力供給のために町が何度も停電したことに起因している。改造のために数ヶ月ジムを閉めたり、電気タイプ使いと銘打っておきながらオクタンを出してきたり、今思えば恐ろしく道を外れた男だった。今も交流があるので、過去形で語るのは少しばかり違和感があるのだが。
 とにかくそういった経緯で、ヘマタイトがライモンジムを訪れたことはなかった。
 しかし彼女がそんなヘマタイトの目の前にいるというのは、一体どういったわけだろうか。

「…はじめまして」
「ええ、はじめまして。貴方がヘマタイトなのね。クダリからよく話を聞いてるわ」

 ライモンジムリーダーのカミツレと言えば、今をときめくスーパーモデルである。あまりファッションに興味がないヘマタイトも、よく広告などでお目にかかる、言わば画面の向こうの超有名人。
 そんなカミツレが目の前にいることに、ヘマタイトは少なからず困惑していた。点検の報告書を事務室に出しに来ただけなのに、一体何故だろうか。ヘマタイトは今、カミツレと対面するように事務室の向い合わせのソファーに腰かけていた。クラウドに呼ばれて気が付いたらこの状態になっていた、というのが正直なところである。

「……クラウドさん、これは」

 どういうことでしょう、と問いただす前に、ヘマタイトの隣に座っていたクラウドが苦笑する。

「前から言うとったやろ?ギアステーションと各街のジムで、バトルイベントやる言うの。その打ち合わせや」

 そういえばそんなことも聞いていたかもしれない。割と大々的にPRしていたイベントであるのだが、ヘマタイトは自分には関係ないことと意識のそとに置いていたのである。元々ギアステーションでバトルするのは鉄道員ばかりなので、整備士のヘマタイトには無関係なことだ。

「はぁ…そろそろでしたか」
「来月の第二土曜よ。貴方は参加しないの?」
「私はあまり、バトルが得意ではないので。気にしたことがありませんでした」
「あら残念。私がジムリーダー代表の実行委員だから、是非参加してほしかったわ」

 ぼんやりとカミツレを見る。切れ長の目で笑った彼女が、その長い足を組み直した。あれこそが完璧な造形なのだ、と思う。

「何故カミツレさんがここにいるのかは分かりましたが、私がここにいる必要はありませんよね?」
「いや、それがあるねん。自分、ジムリーダーの案内やら何やらやってくれへんか」
「…………はぁ、」

 たっぷりと間を置いて、ヘマタイトはまたぱちくりと瞬いた。そんなヘマタイトの様子を見て、カミツレが息だけで笑う。彼女が笑うと、柔らかそうな唇がつり上がり目許が緩んで、大分変わった印象になった。

「ギアステーションに女性はほとんどいないでしょう?でも、うちのジムリーダーに女の子は多いし、着替えとかもするから。担当は女の子がいいってお願いしてたところなの」
「うちに若い女言うたら自分くらいのもんやろ。他はバトル参加者ばっかやしな」

 ヘマタイトはまた、はぁ、と息が漏れるような返事をする。来月の第二土曜日と言えば、自分は休みの予定だったのだ。何か入ったところで支障はない。

「特に、問題ありません。お引き受けします」

 そう言った途端に、クラウドがヘマタイトの頭を乱暴に撫でた。完全に不意をつかれたせいで、ヘマタイトの口からは「ああ」と間抜けな声が飛び出す。

「よかったわ、断られたらどうしようかと思った!クラウドなんかは信用できないものね」

 まるで光が溢れるように、カミツレが笑う。ぐしゃぐしゃになった髪の間から彼女を見て、ヘマタイトが瞬いた。
 クラウドが、どういう意味や、とじっとりした目でカミツレを睨む。しかし彼女はどこ吹く風で、すらりと伸びた足をまた組み直した。

「クダリは子供っぽくてばかだけど、あれに好かれるって大変なことよ」

 カミツレの言葉に、ヘマタイトは再度瞬いた。


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