下手くそな絵描き
浮上すれば先程までの甲板は見事に洗い流され綺麗になっていた。クークーとカモメが気持ち良さそうに青く澄んだ空を自由に舞う様子がなんとも絵になる。考えていると同時に絵に描きたいとウズウズし始め、ポケットに忍ばせておいた紙とちいさなペンを取り出し、甲板の隅で寝そべりカモメを描いた。ベポくんからは、また仕事がある時に呼ぶからそれまで好きに過ごしてていいよと言われているので、声がかかるまで、と夢中で紙に向かった。
「……カモメか?」
「っ!!!」
ビタン!と音を立てるように紙を隠す姫の手。強く打ち付けすぎて少し痺れた。ジンジンする手の平を擦りながら声の主を見上げた。
「…船長、さん」
「………………」
寝そべっていた体を起こし、座り直すと真横に船長さんが座った。横からスッと描いていたものを手にして見る船長さんになんとも言えない恥ずかしさが沸いて来る。見せるつもりで描いていた訳ではなかったので、船長さんはこの絵を見て何を考えているのだろうと…考えれば考える程、馬鹿にされてるような笑われているような、と悪い方向に考えてしまい、顔が上げられない。分かってはいるのだ、自分は絵が下手くそなのにずっと描き続けている仕方ないやつだと。
「……どうして絵を描く?」
「……どう…」
きっかけ、理由、目的。なにかあるだろうと問い掛けられ、古い古い…絵を描き始めた頃へと記憶を遡る。
「父と、母が…」
「……」
遠い昔の記憶はやけに鮮明な訳ではない。しかしその時の気持ちは今でも自分の中に残っていて、しっかり甦る。
「私が描いた、下手くそな絵を見て、嬉しそうに…笑ってくれました」
「…」
よく描けたね、くれるの?ありがとう。笑って頭を優しく撫でてくれた。それが堪らなく嬉しかった。だから絵を描いてます。説明になっているのか、いないのか曖昧なものではあるが、私が絵を描く事が好きな根本はそこにあるのだ。
「今は…自分がどこにいるのかも分からないですけど、色々描き貯めておけば、故郷に戻れた時に…お土産に出来ると、思って」
そう言い姫は顔を仄かに染めながら恥ずかしそうに笑みを零した。…その初めて見るような優しい笑みに少なからず見とれてしまったのだが、ローはそれに気付かないフリをした。
(そんな顔も…するのか…)
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