n-01
あれは、二年生の秋のことだった。
「お紅茶でございます」
私はそう言って、手嶋くんの机に紅茶の入った紙コップを置いた。
「おっ?」
当然、手嶋くんはきょとんとした。何の接点もなかった私からそんなことをされたのだから、当然の反応だろう。だけど、彼は困惑とは程遠いような、好奇心のある表情をしていた。
「どうぞ。温かいうちに」
私は何の説明もなく、出した紅茶を飲むよう、手嶋くんに促した。
私がこんなことをした理由。それは、今朝、飛びきり美味しい紅茶を淹れることが出来たからだ。それが嬉しかったので、誰かに飲んでもらおうと、紅茶をわざわざ水筒に入れて学校に持ってきていたのだ。
そして、さっき授業中に思い出した。クラスメイトの手嶋くんが時折、ティータイムというワードを発していたことを。だから、私は冗談混じりで、持参した紅茶を彼に渡してみたのだ。ちょうど、文化祭で余っていた紙コップがあったので、それを使った。
「うん。美味い!」
手嶋くんはそう言って、褒めてくれた。
「わー!良かった」
私は嬉しさから、胸元で小さく拍手した。
「私のオリジナルブレンドなの!」
「へえ!どうりで美味いと思った」
「今日は特に美味しく淹れられたから、学校に持ってきたんだ」
「そうか。でも、何で俺に?」
「紅茶が好きそうだったから。よく、ティータイムって言ってたし」
「なるほどなー」
あれから、時は過ぎ、私たちは三年生になっていた。私と手嶋くんはクラスが離れてしまったけど、その頃には私たちの関係は周知の事実となっていた。
「おーい!手嶋!秘書が来たぞー」
私が手嶋くんのクラスに行くと、自動的に周りの男子が知らせてくれるようになった。
「おう。○○か!今日はどんなブレンドだ?」
私はいつも手嶋くんのクラスを訪れては、彼に紅茶を差し出していた。それは特別な理由がない限り、ほぼ毎日だった。
紅茶を渡すタイミングは決まっていないけど、放課後に行くと、大抵は手嶋くんと青八木くんが教室に残って二人でミーティングを行っている。今日もそんな日だった。
「どうぞ。青八木くん」
「ありがとう。○○」
私は青八木くんの机にコップを置いて紅茶を渡した。二年生の頃から青八木くんとは面識があったけど、三年生になってからの青八木くんは一段とキリッと麗しくなっている気がした。こんなにキラキラしてたっけ。
青八木くんの次に手嶋くんに紅茶を差し出すと、手嶋くんは私から直接コップを受け取った。最初は私が手嶋くんの机にコップを置いていたけど、彼は途中から私の手から直接受け取るようになった。
「うん!いつも美味いけど、今日のは茶葉の味が濃くていいな!」
「ほんと?」
「俺が一度でもウソ言ったことあったか?」
相変わらず、手嶋くんは気持ちのいい受け答えをしてくれる。
「明日は何がいいかな?」
「そうだな。明日はミルクティーがいいな」
「いいね!」
今日も手嶋くんに褒めてもらった。やっぱり人に褒めてもらうことは嬉しい。
翌日、私は茶葉を通常の三倍にして濃いロイヤルミルクティーを作り、いつも通り水筒に入れて学校に持っていった。
「…あ」
しかし、ロッカーを開けると紙コップがない。当然、二年生の時に使い始めた文化祭の残りの紙コップはとっくに使い切っており、少なくなる度に買い足してはいたけど、とうとう切らしてしまった。少なくなっていることに気付いた時にすぐ買えば良かった。
紙コップがないと手嶋くんに紅茶を渡せない。仕方がないので、今日は手嶋くんのクラスを素通りしよう。明日改めて今日の紅茶と同じものを作って持って行くことにした。
「○○!今から帰るのか?」
手嶋くんのクラスを通り過ぎようとした時、ひょっこりとタイミング良く、手嶋くんが教室から顔を出した。廊下側の一番後ろの席だった彼は、椅子に座ったまま私を見上げていた。
「そうだよ。また明日ね」
「あれ。今日の分の紅茶は?」
「うーん、作ってきたんだけど」
「…くれねーの?」
手嶋くんは少し寂しそうに、そう言った。
「え…」
私は驚いた。今まで一度も手嶋くんからせがまれたことがなかったから。
「紅茶はあるんだけど、紙コップ切らしてたの忘れててさ。今日の帰りにコップ買って、明日また作って持ってくるよ!」
「でもさ、それ」
「?」
「水筒にコップついてるじゃん」
手嶋くんが私の水筒を指して、そう言った。今日は鞄の荷物がいっぱいだったので、私は水筒を手で持っていた。
「そりゃあ、コップはついてるけど。私が飲んじゃったし」
「もう残ってないの?」
「一杯ぐらいなら、あるけど」
「じゃあ、くれよ。ダメなのか?」
手嶋くんは座っているせいか、じーっと、上目遣いでこちらを見上げた。可愛いなあ、もう。どうして、こんなにもあざといのか。