お祝いとお詫びに
後日、プログラマ試験の結果が出た。
「初級の試験、受かったよ!」
私は電話で研磨くんに報告した。
いつも通り、仕事の昼休みに。
まず、三段階ある中の一番簡単な資格を取得することが出来た。あと五つぐらいの種類の試験があるけど、とりあえず、一つ目の試験をクリア出来て良かった。
しかし、私の気分は上々から、どん底に落とされることとなった。
研磨くんの、このひと言で。
「良かったね」
研磨くんは、ただ一言そう言った。
「…え?」
「じゃあ、次は中級試験だね」
「…ちょっと。それだけ?」
あまりにも素っ気ない返答に、私は呆然としてしまった。大して何かを期待をしていたわけじゃないけど、もう少し何か言ってくれるかと思っていた。それなのに。
「…じゃあね」
私は低めの声で別れを告げ、すぐに電話を切った。こんなに短い電話は初めてだ。
とにかく、今は次のことを考えなきゃ。次の試験は中級レベル。初級と中級ではレベルが全く違う。そもそも、大量に並んでいる文字列を見ているだけで、私は頭が痛くなってくるというのに。
「はあ…」
昼休みから気分を落としたまま、私は虚しい気分で家に帰った。
初級とはいえ、慣れない分野を勉強して頑張ったのに。一言だけって、ひどくないか。なんか、ムカついてきた。
「研磨くんのバーカ!もう電話してやんないっ!!」
ぼふっと、私は枕を思い切り布団に投げつけた。家で、一人でだ。こんなに虚しいことはない。私は何をやっているのだろう。
ピーンポーン
その時、インターホンのチャイムが鳴った。モニターを見ると、そこには研磨くんがいた。そういえば、何度か玄関まで送ってもらったことがあった。
だけど、何の用だ。私は、ムスッとした顔で玄関のドアを開けた。
「●●、泣いてるの?」
私は、ふいっと横を向いた。
「…ごめん。俺のせいだよね」
「別に。今、そういう時期だから。些細なことで悲しくなってるだけだから。自分のせいだなんて、勝手に勘違いしないで」
私は不機嫌なまま、そう言った。
「ごめん。悲しい思いをさせた俺が悪い」
「…だから」
「そういうお祝いとか、俺は皆みたいなテンションで出来なくて…。だから、ケーキ買ってきたんだけど」
スッと、研磨くんがケーキの箱を私の目線の高さまで持ち上げた。
「…え?」
「ケーキ、好きでしょ」
「…」
私は動揺した。
そんなこと、する人じゃないのに。
「…きらい?」
私が固まっていると、研磨くんが眉をハの字にした。不安そうな顔。
私はその顔に、グッときた。
「もう、研磨くん!…大好きっ!!」
その瞬間、私の機嫌は一気に回復した。
爆発的な威力で。それはもう。
「…あのさ。そういうこと、あんまり言わない方がいいよ」
「何で?」
「相手が本気にする」
「だって、ケーキだよ!そんなことされたら、好きにもなるよ!」
「…そう」
研磨くんは、私から目を逸らした。
「お茶用意しなきゃ!早く上がって!」
「え…。家にあがってもいいの?」
「当たり前でしょ。私はお祝いされなきゃいけないんだから」
「…何それ」
研磨くんが、ふふっと笑った。
やっぱり可愛いな。
「でも、簡単に人を家にあげちゃダメだよ」
「研磨くんもダメなの?」
「…俺はいいけど」
「じゃあ、いいでしょ」
「…」
すると、研磨くんは複雑そうな顔をした。
「他の人はダメだからね」
溜め息をつき、そう言った後、研磨くんは私の家に上がった。
「明日、買い物でもする?」
一緒にケーキを食べている時、研磨くんがそう言った。明日は土曜日なので、私は休みだ。研磨くんは特定の休みはないけど、私に合わせてくれる。
「買い物?」
「うん。なんか欲しいものがあったら、買ってあげる」
「ケーキ買ってもらったけど」
「それはお祝い。明日の買い物は、悲しい思いをさせたお詫び」
意外と気にしてるんだ。
なんだか、ちょっと嬉しかった。
翌日、私は買い物をするため、研磨くんと一緒に街を歩いていた。
「あれー。研磨くんじゃない」
すると、研磨くんの知り合いらしき人と遭遇した。背が高い人だ。
「げっ、クロ…」
「げって、何よ。げって。それにしても、女の子と一緒とは隅に置けないねえ」
その人は、私の方を見て言った。
「で、そちらは?」
「…」
「俺にも早く紹介してちょうだいよ」
「…別に。紹介するまでもないでしょ」
研磨くんが、素っ気なくそう言った。
紹介するまでもない人間か、私は。
「えー。そんなこと言わずにさあ。ねえねえ、君は何ちゃんかな。お名前は?」
「私は、○○●●ですが…」
「えっ」
すると、研磨くんの知り合いがびっくりした様子で私を凝視した。
「●●ちゃんだったの!久しぶりだねえ」
「…え?」
久しぶりって。
誰なんだ、この人は。
「どうだい、ゲーム作りの方は。順調に進んでるかい?」
その人は予想外なことを言った。
何でそんなことを知っているんだ。
「えーと…。あの…」
「あれ、俺のこと覚えてない?…小さい頃、研磨と三人でよく一緒に遊んだじゃない」
「え…」
それを聞き、私は固まった。