例えがすごすぎる



「うんまっ…!」



孤爪さんは口いっぱいに頬張りながら、美味しそうに食べていた。可愛いな。

でも、本当に美味しい。私は普段、コンビニかファストフード店で食べ物を買って、公園や展望台で食べているから、レストランって感じのところで食べることは滅多にない。



「○○サンは、今の仕事に満足してないですよね」



料理を食べ終えた頃、孤爪さんがそう言った。



「え?」

「目、死んでますし」



死んでるのか。私の目は。



「○○サンは今、楽しいですか?」

「仕事は楽しくないですよ。仕事ですし」

「ふーん。転職はしないんですか?」

「んー…。それは、ちょっと…」

「それって、こわいから?」



孤爪さんが、じっと私の目を見た。なんだか、心の奥まで見られていそうな感じがする。なんて怖ろしい目だろう。



「どういう意味ですか?」

「例えば、現状が変わるのが怖いから。せっかく今の仕事に慣れてきたのに、仕事内容が変わるのが嫌だから。忙しい時期に辞めて、周りに迷惑がかかるのが申し訳ないから。辞めたりすると、手続きが諸々面倒だから。あとは上司からの圧力。そんな感じかな」

「…」



言われてみると、全部当てはまる。



「でも、仕事内容なんて同じ会社にいたっていずれは変わるよ」
 


確かに、そうだ。最初の頃と業務内容は確実に変わってきている。

大まかなことだと、世の中が全体的にスマートフォンで気軽に出来るソーシャルゲームが主流になってきたこと。そのせいで、私の会社の業務内容は大幅に変わった。

もちろん、細かいこともある。最初は特に作業報告なんてしていなかったのに、一日の作業工数を帰りに部内のメーリングリストに送って皆で共有するようになったり、最近だと、新たなソフトを使っての申告に変わったりと、どんどん変化していった。



「○○サンは今の仕事、出来るからってだけでこだわってるんだと思う。たとえ技術が落ちて他の人に遅れをとる可能性があるとしても、一回他の仕事やってみてもいいかも。この仕事だけを一生やってくのは、もったいないから」

「もったいない…?」

「俺は○○サンのこと詳しくないけど、○○サンも自分のことにまだ詳しくないんだと思う。今仕事を辞めたとしても、今までやってきたことが消えるわけじゃないです」



そう言われ、私は少し頭が柔らかくなった気がした。今まで周りの環境に毒されて、考えが偏っていたのかもしれないと気付いた。

周りの人たちは低賃金でもデザインの仕事を頑張って、向上心を持って、無理して、体を崩して。私はそんな馬鹿じゃないと周りを少し馬鹿にして、特に頑張りもしないで、なんとなくこの仕事を続けてきた。

そして、一度就いた仕事をずっと続けるのが当たり前だと思い込んでいた。



「…俺はさ。俺の力じゃないけど、部活でやってたバレーボールで全国大会に出て」

「え?」

「セッターっていうポジションで、レギュラーだったから、大事な試合も出たんだけど」

「え…」

「高校で、すっぱりやめたよ」

「えっ!?」

「よくわかんないけどさ、人は次に進むために色々経験してくもんなんじゃないの。今はバレーやってないけど、バレーをやってた頃の俺も、今の俺の一部だと思うよ」



例えがすごすぎて説得力がおかしい。その話だけで、目の前の彼が口だけの人間ではないことがよく分かった。そもそも、元々すごく有名な人なんだから、そんな話がなくても私を唸らせることは容易であるはずなのに、そんな話まで持ち出されると、凡人の私にはもう太刀打ち出来ない。

私程度の人間が口答えすることなど出来ない状況になった。そもそも、私を反論させないために言ったのか。しかし、初対面の人間に、何故ここまで深い話をする。元々、そういう人なのか。



「○○サンには、夢があるでしょ」

「え?…まあ、大金持ちになりたいとかは」

「そういうんじゃなくて。それは結果でしょ。やりたいことがあって、今の会社に入ったんじゃないの」

「そうだ。そう…でした。でも、もう…」

「なに?…言ってみて」

「いや…」

「言うだけならいいじゃん」



弧爪さんが食い下がってきたので、私は問い詰められた問題の答えを、口に出して言うことにした。



「実は、ゲームを作りたかったんです」

「…」



すると、弧爪さんが黙った。
彼は私のことをじっと見ていた。

やっぱり、無理だと思ってるんだ。それはそうだ。私には何の取り柄もない。



「俺、○○サンがその気なら協力するけど」

「協力って…?」

「協力は、協力」



そう言って、孤爪さんはそれ以上、何も教えてくれなかった。



「あ、デザート食べる?」

「え…」



もう私の休憩時間が終わるという頃に、孤爪さんがデザートの話をしてきた。



「あれ?…デザートはフランス語だっけ。えーと、ドルチェはイタリア語だし、スイーツは英語だし、スペイン語だと…」



孤爪さんが各国のデザートの言い方を述べながら、うんうんと唸っていた。



「ポストレ」



その時、お皿を下げに来た店員さんがそう言った。孤爪さんのお友達だ。



「ポストレ?…正解が出ないわけだ。聞いても全然ピンとこない。あ、オススメは?」

「カタラーナがオススメ」

「じゃあ、それ二つ」



孤爪さんはそう言って、お友達の店員さんにカタラーナを注文した。カタラーナってスペイン料理だったんだ。勝手にイタリア料理だと思っていた。二つってことは、私の分もあるのかな。それはちょっと楽しみだ。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -